植田総裁講演で6月利上げ観測が高まる 決定会合の焦点は?
振り返り
1日は、イランのタスニム通信が「イランは米国との協議を停止した」と報じたことを受け、原油価格の上昇とともに有事のドル買いが進み、米ドル/円は上昇した。トランプ米大統領はSNSで「イランとの交渉は継続中」とし、来週中の合意の可能性を示唆してリスク回避の動きを抑制しようとしたが、市場の不透明感は完全には拭えなかった。
2日から3日にかけては、米国の労働市場の底堅さが改めて意識され、ドル買い優勢の地合いとなった。特に2日に発表された4月のJOLTS求人件数が761.8万件と市場予想を大幅に上振れたことで、FRBによる利下げ観測がさらに後退し、米ドル/円は緩やかに水準を切り上げた。3日は植田総裁の講演を受けて6月利上げの確度が高まったが、講演前の段階で既に6月利上げを相応に織り込んでいたこともあり、反応は限定的となった。
4日から5日にかけては、本邦当局による為替介入への警戒感から上値の重い推移が続き、160円の大台を目前にもみ合いが続いた。5日の5月米雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月比17.2万人増という市場予想を大きく上回る結果となったことを受け、米金利上昇とともにドル全面高となり、米ドル/円は160円の壁を明確に突破した。
植田総裁講演を受けて6月利上げの確度が高まる
6月3日、きさらぎ会で行われた植田日銀総裁の講演は、市場にとって「最大限のタカ派姿勢」を示す極めて重要なイベントとなった。本講演は、4月会合時のスタンスから明らかな変化を感じさせる内容となった。
4月の金融政策決定会合において、日銀は中東情勢を巡る供給ショックによる景気下押しリスクへの懸念を強調し、利上げを見送っていた経緯がある。しかし、今回の講演で植田総裁は、供給ショック局面において景気の下振れリスクと物価の上振れリスクを比較したうえで、物価上振れリスクにウェイトを置くことを明確に示した。
植田総裁は、日本の景気について「企業収益の蓄積や賃金増加などで下押しリスクを最小限に抑えることができる」と評価する一方、物価については「上振れリスクの方が大きく、より早く表れてくる可能性が高い」との認識を示した。
特に注目すべきは、日本の経済環境が、原油高などのコストプッシュ圧力が基調的な物価上昇に波及する「2次的波及効果」が生じやすい新たなステージに移行したと明言した点だ。植田総裁は、①供給ショックの規模が大きく、持続的なものである、②企業賃金・価格設定行動が積極的である、③金融環境が緩和的な状態にある、という3つの条件を挙げた。
この講演を受け、6月会合での追加利上げの蓋然性が極めて高まり、市場では6月利上げをほぼ完全に織り込んだ。為替相場の先行きを占う上での注目ポイントは、日銀が利上げを決定した際、それが単発の措置に終わるのか、あるいはビハインド・ザ・カーブを避けるために利上げペースの加速まで示唆するのかという点にある。植田総裁が「対応が遅れれば後で大幅な利上げが必要になり、経済に大きな負荷をかける」と述べ、対応の遅れのコストに言及したことは、今後の利上げペースを占ううえで見逃せない重要な示唆を含んでいると言えるのではないか。
先進国中銀の金融政策スタンス
日本円の先行きを見通すうえでは、日銀だけではなく先進国中銀の金融政策スタンスも重要となる。昨年までは多くの先進国中銀が利下げを実施していたが、今年に入り、中東情勢緊迫化をきっかけに利上げに舵を切る中銀が増加しつつある。
米国では5日、5月雇用統計において非農業部門雇用者数が+17.2万人と市場予想+8.8万人を大幅に上回っただけでなく、過去2ヵ月分が合計で9.3万人上方修正された。これを受け、金利市場では年内1回(25bp)の利上げが完全に織り込まれ、為替市場ではドル高が進行した。
底堅い米労働市場や中東情勢緊迫化を背景としたインフレ懸念からFRBはタカ派的な姿勢を維持しやすく、利上げの可能性すら完全には排除されない中では、ドルが下がりづらい展開をメインシナリオとすべきだろう。昨年はドル安が米ドル/円の上値を抑える要因となったが、今年はドル高・円安がともに米ドル/円を押し上げる要因となる可能性が高い。
5月の対ドル・対円パフォーマンスを見ても、タカ派スタンスを示した国の通貨の上昇が目立った。ニュージーランド中銀(RBNZ)は、5月27日の会合では僅差で政策金利据え置きを決定したが、物価・金利見通しを上方修正。ブレマン総裁が想定より早期かつ大幅な利上げの可能性に言及し、次回会合での利上げ期待が急騰し、NZDが上昇した。
一方、国内経済が軟調なカナダや政治的不透明感が高まったイギリス、利上げに慎重姿勢を示していた日本などは、先々の利上げ期待が高まりづらく、これらの国の通貨は軟調な値動きとなった。今後も各国中銀の金融政策スタンスの差が通貨のパフォーマンスを左右することになるだろう。
今週の注目材料
今週6月8日から12日にかけての最大の注目材料は、米国で発表されるインフレ指標だ。10日に5月消費者物価指数(CPI)、11日に5月生産者物価指数(PPI)がそれぞれ予定されている。直近のベージュブック(地区連銀経済報告)では、エネルギー価格の上昇が輸送や食料品など幅広い分野に波及し、依然として強い物価上昇圧力がかかっていることが示されている。もし今回のCPIやPPIで市場予想を上回る結果が出れば、市場の利上げ織り込みがさらに進み、ドル高が一段と加速する可能性が高い。米ドル/円は、4月末の高値160.72円が視野に入ると同時に、この水準に接近するほど本邦当局による為替介入の警戒感が強まる展開となるだろう。
欧州では11日にECB理事会が開催される。25bpの利上げはほぼ織り込まれているが、中東情勢を受けたエネルギー価格上昇によるインフレ懸念を背景に、ラガルド総裁が追加利上げに対してどのようなシグナルを発するかが焦点となる。