ウォーシュFRB議長の発言をきっかけに米ドル円/は160円台回復
振り返り
先週の米ドル/円は、週の大部分を159円前後の狭いレンジで推移していたが、週末28日のジャクソンホール会議におけるウォーシュFRB議長のタカ派発言を受けて、160円台を回復する展開となった。24日から25日にかけては、氷見野日銀副総裁、ウォーシュFRB議長の発言を控えて様子見ムードとなる中、159円を挟んだもみ合いとなった。26日は、米国の7月コアPCEデフレーターが市場予想通りの伸びとなったことを受けて米長期金利が上昇し、米ドル/円は、159.45円まで上昇した。27日の氷見野副総裁の講演では、インフレの上振れリスクを強調するタカ派的なトーンが見られたものの、9月利上げの明示的な予告は行われず、159円台前半での膠着が続いた。28日には、ジャクソンホール会議においてウォーシュFRB議長が、インフレ率が目標に向けて十分に低下しなければ「やるべきことがある」と述べ、将来の追加利上げに強い含みを持たせた。これがタカ派的と受け止められ、米長期金利の上昇とともにドルが全面高となり、米ドル/円は日米協調介入以降で初の160円台を回復し、一時160.20円まで上昇した。
氷見野副総裁講演
氷見野副総裁は8月27日、金融経済懇談会において講演および記者会見を行った。講演では、現在の金融環境は依然として緩和的であるとの認識を示しつつ、経済・物価情勢の見通しが実現する確度が高まれば、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくという日銀の基本的な方針が示された。特に注目されたのは、物価情勢に関する認識の変化の部分で、基調的な物価上昇率が「物価安定の目標」である2%程度の水準で安定していくという観点が重要であるとした上で、「これまで以上に物価の上振れリスクを意識する必要がある」と強調した。
具体的に挙げられた上振れリスクは主に3点で、1)地政学的緊張が続く中での中東情勢および原油価格の動向。2)AI関連需要の拡大に伴う経済への影響、3)為替相場の変動が物価に及ぼす影響、について言及があった。これらの要因が経済・物価をさらに押し上げる可能性を念頭に置いた政策判断が求められる局面に変わってきているとも指摘した。
次回の政策決定会合(9月17-18日)を含む今後の利上げ時期については、「毎回の金融政策決定会合において、経済・物価・金融情勢を点検しながら、しっかりと議論していく」と述べるにとどまった。過去の利上げ前には、次回会合を特定して議論を行うという「予告」に近い文言が用いられたこともあったが、今回はそのような明示的な予告は行われなかった。しかし、記者会見では「次回会合を含め、毎回会合で検討する」と明言しており、市場では9月利上げの確度が依然として高いと受け止められた。
ウォーシュ議長講演
8月28日、FRBのウォーシュ議長はジャクソンホール会合において「In Our Time(我々の時代に)」と題した講演を行った。ウォーシュ議長は講演の中で、従来のフォワードガイダンス(先行きの政策指針)を強く批判した。将来の政策決定を事前に約束する手法を「鏡の迷宮」と呼び、市場が中銀のガイダンスに過度に依存し、中銀が市場価格を過信することで、環境変化への対応が遅れ、政策ミスを招くリスクがあると指摘した。今後は、将来の金利経路をあらかじめ固定するのではなく、経済指標の変化に応じて柔軟に政策を切り替える「複数シナリオ」に基づくコミュニケーションへの転換を強調した。
米国経済の現状については、AI関連の活発な設備投資や底堅い個人消費、安定した労働市場を背景に、驚くほどの強靭さを示していると評価した。一方で、現在の金融環境については、クレジット市場や銀行貸出において引き締めの兆候が乏しいことから、「抑制的(restrictive)」と表現することは難しいとの認識を示し、現在の金利水準がインフレを抑え込むのに十分ではない可能性を強く示唆した。
インフレ動向に関しては、2022年のピークからは低下しているものの、改善のペースは鈍く、幅広い財・サービスで依然として高い価格上昇が続いていると警告した。特に、個人消費支出(PCE)デフレーターの構成項目の半数以上が依然として3%以上の伸びを示している点を挙げ、「基調的なトレンドが有意義に改善したとは思えない」とした。その上で、米国の物価安定目標である「PCEで2%」は「固定的で揺るぎないターゲット」であるとし、物価の安定は自然に実現するものではなく、中央銀行が責任を持って届けるべきものであると主張した。
講演の締めくくりでは、「基調的なインフレ率が目標に向けて明確かつ十分な速さで低下していると確信できなければ、我々にはやるべきことがある(we have work to do)」という発言は、インフレが十分に鈍化しなければ、将来の追加利上げも辞さないというFRBの強い姿勢を示すものと受け止められた。この発言を受け、市場ではFRBが利上げに消極的であるとの「ビハインド・ザ・カーブ」懸念が払拭され、9月FOMCにおける利上げ期待が急上昇した。米長期金利は急騰し、ドルは主要通貨に対して全面高の展開となり、米ドル/円は日米協調介入以来となる160円台を回復して越週した。
今後の見通し
先週末、ウォーシュFRB議長が将来の追加利上げに強い含みを持たせたことを受け、当面はドルが買われやすい地合いが継続することが見込まれる。FRBがインフレ抑制を最優先課題として金融引き締めを強化する場合、米ドル/円の上昇要因となる。日銀も追加利上げを検討しているが、FRBが同時に利上げを進めれば日米の金利差は縮小しづらくなり、結果として円売り・ドル買いの圧力が一段と膨らむ可能性があるためだ。
一方で、米ドル/円が7月末の日米協調介入以来となる160円台を突破したことから、為替介入への警戒感も一段と高まっている。こうした介入リスクが上値を抑える重石となるため、積極的に上値を追う展開にはなりづらく、当局の動向を伺いながらの「じり高」の展開が見込まれる。
今週の最大の焦点は、9月4日(金)に発表予定の米8月雇用統計となる。前回の7月雇用統計では非農業部門就業者数が市場予想を大幅に下回ったが、今月も労働市場の減速が改めて確認されれば、利上げ観測の後退からドル売りが再燃する見込み。一方、雇用が持ち直しを示し、米景気の底堅さが改めて意識されれば、米ドル/円は161円に向けて再び上値を試す展開を見込む。