自民党大勝で円が買われた理由とは【鈴木翔の週間マーケットトピック】
2月8日に投開票が行われた衆議院選挙は、高市首相が率いる自民党が単独で総定数465の3分の2を超える316議席を獲得する歴史的な勝利を収めた。選挙戦終盤の情勢調査では、自民単独で300議席超えの可能性を報じたのは毎日新聞だけだっただけに今回の結果はサプライズとなった。
週明け9日の東京市場では、日経平均株価が終値で前週末比+2,110.26円(同+3.89%)の56,363.94円と急騰したものの、為替は思いのほか円安進行とはならず、米ドル/円は終値で前週末比▲1.34円の155.88円で取引を終えた。その後も日本株高を横目に米ドル/円は下落を続け、12日には152.27円の安値を付けるに至った。米ドル/円下落の背景に何があったのか、選挙明け1週間の動きを振り返っていきたい。
米国:労働市場減速懸念によりドル安進行
米国では、選挙前の6日からドル安が進行しており、週明け9日以降もその流れが継続した。中国の規制当局が米国債の保有を抑制するように金融機関に勧告したとブルームバークが報じたことを受け、ドルが主要通貨に対してほぼ全面安となった。
また、ハセット米国家経済会議(NEC)委員長は9日、「雇用者数については、GDPの伸びと整合する、わずかな減少を想定しておくべきだろう」とCNBCのインタビューで述べ、11日に発表を控えていた1月雇用統計下振れへの警戒感が高まったこともドル売り材料となった。
翌10日は、12月小売売上高が市場予想を下回る結果となった。過去分も下方修正され、年末商戦では想定よりも消費が弱かった可能性が示唆された。先行きについても、足元の労働市場減速により、所得の伸びが鈍化し、個人消費が伸び悩むのではないか、といった懸念が強まり、ドル売りが進行した。
ドルインデックスは2月以降上昇基調となっていたが、週初からのドル安によって上昇分のすべてを吐き出す形となった。このように衆院選後の米ドル/円の下落の要因の一つにドル安進行があった。もっとも、11日公表の1月雇用統計が堅調な結果となったことを受けてドルは下げ止まっている。
日本:政権基盤安定で円高進行
選挙結果を受け、日経平均株価が急騰する中、為替市場では円全面高の展開となった。自民党の歴史的大勝により、政治の安定、政策予見性が高まることが好感されたのだろう。具体的には、1)政権基盤安定により長期政権への期待が高まったこと、2)野党が掲げる減税・財政出動策を受け入れる必要がなくなったこと、3)過度な財政拡張への警戒が後退、などが理由として考えられる。
1)については、2025年7月の参院選で与党が過半数割れとなる中、今回、自民単独で衆議院の3分の2を超える議席を獲得し、参議院で否決された法案を衆議院で再可決できるようになった。事実上のねじれ国会解消だ。当面は再可決に頼らずに野党の協力を得ることを優先するようだが、野党から無理な要求を突き付けられた際に、最終的には再可決で通すという強気な交渉ができるため、野党への譲歩を最小限に抑えることができるだろう。
2)については、野党は衆議院選挙の公約として、恒久的な食料品消費税ゼロや「年収の壁」基礎控除の所得制限撤廃など、自民党の公約よりも大規模な減税を訴えていた。衆議院選挙の結果次第では、野党の減税策を受け入れざるを得ないリスクがあったが、その懸念は後退した。
3)については、高市首相は1月19日の衆議院解散表明時の会見で、食料品の消費減税について「私自身の悲願」と強い意欲を示していた。しかし、選挙期間中はその言及が影を潜め、2月9日の会見では、2年間の食料品の消費税ゼロについて給付付き税額控除の導入までの「つなぎ」であると述べるなど、ややトーンダウンした印象は否めない。市場では、衆議院選挙での大勝を受けて、高市首相が過度な財政拡張を撤回し、財政規律を重視するのではないかとの見方が円の買戻しを誘った側面もありそうだ。
1月29日に米財務省が公表した為替報告書では、海外との金利差に加えて新政権による拡張的な財政政策の見通しも円安要因になっているとの指摘があった。米国は高市首相が掲げる「責任ある積極財政」による円安進行や円金利上昇を懸念しているとみられ、1月のNY連銀によるレートチェックや円買いドル売り介入容認の見返りとして、過度な財政拡張に釘を刺した可能性も考えられる。
今後の見通し
衆議院選挙を通過し、昨年10月に高市氏が自民党総裁に就任して以降、日本市場で材料視されていた財政悪化懸念は今後も燻り続けるだろう。ただ、片山財務相は13日、消費減税について6月には中間報告を行うと述べており、短期的に新たな材料は出ないとみられる。
2027年度予算を占う上では、6月に骨太の方針、8月に概算要求などが注目され、やはりマーケットが改めて財政規律に着目して動き出すのは6月以降になる。これらのイベントをこなし、「責任ある積極財政」がマーケットから信認されるのであれば、年後半にかけて財政懸念による円安圧力は後退するだろう。
金融政策面では、日銀審議員人事に注目だ。ロイターによると、日銀の野口旭審議委員が3月31日に、中川順子審議委員が6月30日に任期を迎えるにあたり、2月25日にも後任人事案が提示されるようだ。
日銀金融政策決定会合は、合議制であり、1人の審議委員のスタンスに日銀のスタンスが左右されることはないが、高市首相の金融政策スタンスを見極めるうえで、利上げに前向きな「タカ派」の人物が提示されるのか、利上げに慎重な「ハト派」の人物が提示されるのか、はたまた中立的な人物が提示されるのか、注目が集まる。短期的には日銀審議員人事が米ドル/円の値動きを左右するかもしれない。