情報価値のデフレを突き抜ける「物理(フィジカル)」の逆襲

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2026年03月04日

情報価値のデフレを突き抜ける「物理(フィジカル)」の逆襲

マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。

【今週のコラム要約】


この週末は東京マラソンでしたね。スポーツ・ツーリズムが全盛で、本当に多くの外国人ランナーが訪日されていました。皇居のみならず、多摩川河川敷にも多くの外国人ランナーが集い、“東京マラソンのための調整ランニング”を楽しんでいた光景に立ち会いました。私は東京マラソン前日の2月28日、多摩川河川敷二子玉川駅近くの兵庫島で毎週土曜の午前8時から開催される5,000m疾走する英国発祥の草レース大会“パークラン(Park Run)”に参加していましたが、あの多摩川河川敷が外国人ランナーに占拠されると言う状況は圧巻でした。母国で毎週土曜日にパークランを楽しむ彼らが旅先でも楽しむ・・・というわけです。この日は天気も良く、少し暑いくらいでしたが、ちょうどよい「調整日和」だったのではないかしら。日本を心ゆくまで楽しんで欲しいと願っていました。

さて。リスクマーケット、外部環境は「楽しい!」という朗らかな状況ではなく、ややシビアな情勢でありました。マーケットを支える「ナラティブ(物語)」の構造自体が、劇的な変化を遂げていたことにお気づきでしたか?かつての主役だった「情報のコピーや移動」で稼ぐビジネスが急速に付加価値を失う一方で、代わって主導権を握り始めたのは、替えのきかない「実体(フィジカル)」を持つ企業たちです。
今週は、この「情報のデフレ(単なる情報の横流しは付加価値が無いのでデフレ)」と「物理の逆襲」という地殻変動の本質を解き明かしていきたいと思います。


1.「複雑さのマージン」が消滅する日

先週23日、市場を震撼させたのは、老舗の巨人IBMの株価急落でした。
一見、好調なAIブームに乗り遅れただけのようにも見えますが、その背景にはもっと残酷な真実が隠されています。
かつて(数十年間)IBMが大企業・金融機関・政府へ提供してきたメインフレームの保守や大規模なシステム更新・メンテナンスといったビジネスは、いわば「情報の非対称性」が生む年貢のようなものでした。「複雑で難しいから、高いお金を払ってプロに任せる」。この「複雑さのマージン」こそが、多くのソフトウェア・サービス企業の収益の源泉でした。
しかし、AIという「自給自足の道具」を顧客が手にしたことで、この防壁が崩壊しました。Anthropicのような高性能なAIが、数千人のコンサルタントが数年がかりで行っていた作業を一瞬で「単純な作業」へと書き換えてしまったのです。IBMが数年かけて稼ぐはずだった「人件費(工数)ベースの売上」が、AIによって劇的に圧縮されてしまう(=コンサルティング収益の激減)という懸念が生まれました。
情報の移動や整理、コード(プログラミング)の書き換えといった「重さのない価値」は、AIの進化によって限りなくゼロ(デフレ)へと向かっています。過去の遺産で食うIBMも、未来の成長を売るSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)も、等しく「知能のコモディティ化」という荒波に飲み込まれているのです。


2.「ゴキブリ論」の再来:潜んでいたレバレッジの露呈

この情報のデフレの影響は、金融の深部にも波及しています。規制の届きにくいシャドーバンキングの領域で、深刻な「目詰まり」が露呈し始めました。
昨年秋、自動車ローン会社と自動車部品メーカーが相次ぎ破綻する状況下、JPモルガンダイモンCEOは信用市場の異変に警鐘を鳴らし『ゴキブリは他にもいる※』と表現しています。

※ 「そうした事態が起きると、私のアンテナが反応する。言うべきでないだろうが、ゴキブリを1匹見たら、恐らく他にもいる。この件は誰もが警戒すべきだ」

そして先週末、かつてゴールドマン・サックスを率いたロイド・ブランクファイン氏も「どこかに隠れたレバレッジが必ずある」と延べ、信用市場に警戒を促すコメントを出しています。かつては弁護士、その後コモディティのトレーダーの転身し、市場部門のトップから名門・世界最強の投資銀行を率いた人物の発言は重いです。このように二人の英傑の言う不安が現実のものとなっているのです。PE(プライベート・エクイティ)大手のブルー・アウル・キャピタルによる解約制限、アポロ・グローバル・マネジメントによる資産評価損、そして英国MFSの経営破綻。これらは独立したニュースではなく、一つの大きな「情報の山」が崩れ始めた音のように聞こえます。
AIによって担保価値(ソフトウェア企業の将来収益)が毀損されたことで、そこへ流れ込んでいた資本が逃げ出し、目詰まりを起こしているのです。一匹のゴキブリ(破綻)が見つかれば、背後には無数に潜んでいる。投資家は今、この「見えない信用リスク」から、手触りのある「物理的な価値」へと資金を避難させ始めています。


3.エヌビディアが証明した「物理」の支配力

「情報のデフレ」の対極で、圧倒的な勝者として君臨しているのがエヌビディアです。
先週発表された彼らの決算は、売上高が前年同期比73%増、粗利益率75.2%という驚異的なものでした。ジェンスン・ファンCEOの「コンピューティングこそが収益(Computing is Revenue)である」という言葉は、今後の投資戦略のバイブルとなるでしょう。
AIが自律的に働く「エージェント型AI」の時代において、富を生み出すのは「知能そのもの」ではなく、知能を量産するための「計算機工場(データセンター)」です。知能(ソフト)は無尽蔵に増やせますが、それを動かす肉体(ハード)には物理的な限界があります。
エヌビディアのチップ、HBM(高帯域幅メモリ)、そしてそれらを冷却するためのインフラ。これら「テレポートできない、コピーできない物理的な制約」を握っている者だけが、デフレに抗い、圧倒的なマージンを享受できるのです。


4.地政学という名の究極の「物理の壁」

そして今、この「物理への回流」を決定的にしているのが、中東情勢の緊迫化です。
米・イスラエルによるイラン攻撃、そしてハメネイ師の死去。マーケットは「またホルムズ海峡か?」という食傷気味の反応を見せつつも、その本質がかつてとは異なることに気づき始めています。
今回の混乱は、単なるオイル価格の変動ではありません。
もう少し情報の解析度を上げるならば、米国の「対中包囲網」の物理的な一角が発動したと見るべきです。イランは中国にとって「一帯一路」の西の要衝であり、人民元決済によるエネルギー確保の生命線でした。ドバイなどの物流ハブが戦場化し、物理的な供給路が断たれることは、中国のエネルギー安全保障を根底から揺さぶる一撃となります。

どれだけ「情報」や「決済システム」をデジタル化しても、物理的な石油(エネルギー)が届かなければ、AI工場も国家も動きません。「安価で安全な物理的に平穏」というボーナスタイムが終わった今、投資家は「リスクプレミアム」を恒常的にコストに上乗せせざるを得なくなったのです。

5.日本株:有事の「安全な物理資産」へ

この混沌とした世界情勢の中で、日本株は意外な、しかし極めて強力なポジションを確保しつつあります。
中東の混乱によって中国のエネルギー戦略が麻痺することは、巡り巡って台湾有事のリスクを低減させます。中国の生命線が叩かれることは、日本の安全保障上のプレミアム(安心感)を高めることに直結します。そうです、中東情勢・ホルムズ海峡の混乱というイベントが発生していますが、最大の受益者は、台湾有事が遠のくのではないか?という発想に於いて、圧倒的に日本です。

さらに、トランプ政権が提唱する「北米要塞化(Americas First)」の中で、米国が最も必要としているのは、信頼できる「筋肉(製造・インフラ能力)」を供給できるパートナーです。
•三菱重工業(7011):ガスタービンや防衛が主力、世界の「物理的な守護者」へ
•日立製作所(6501):AI工場に血流(電力)を送る送電網を支配
•フジクラ(5803):データセンターの神経網を繋ぐ光ファイバーで世界をリード
彼らは、情報のデフレに左右されない「重資産・低陳腐化(HALO)」という価値を持つ、日本が世界に誇る「物理の王」たちです。

日経平均6万円、ダウ5万ドルの景色は、単なる浮ついたバブルの数字ではなく、それは「情報の山」から「物理の壁」へ、資本がその居場所を求めて大移動している結果です。
知能がどれだけ進化しても、石油が届かなければ社会は動きません。ソフトウェアがどれだけ便利になっても、それを動かすチップと電力がなければ価値は生まれません。
これからは、画面越しに見える「データ」だけでなく、実際に社会を物理的に動かしている「筋肉」を持つ企業に注目すべきです。


著者プロフィール

大山季之

大山季之

松井証券マーケットアナリスト。1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。


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