ベネズエラが初優勝! WBCは資産運用に示唆を与えてくれるか
6回目になるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)はベネズエラの初優勝で幕を閉じた。連覇が期待された「侍ジャパン」(野球日本代表)は準々決勝で敗退。日の丸を胸に付けた大谷翔平選手らの活躍をもう少し見たかった気はするが、日本戦に限らず多くのメジャーリーガーが躍動した高レベルの試合の数々は、とても贅沢な時間を私たちに与えてくれた。
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WBCとサッカーワールドカップの決定的な違い
WBCは現時点ではメジャーリーガーが唯一参加する野球の国際大会であり、国別対抗戦としては世界最高峰の舞台であることに異論はないだろう。一方で、中立的な国際サッカー連盟(FIFA)が主催するサッカーのワールドカップなどとは異なり、主催者はメジャーリーグベースボール(MLB)とメジャーリーグ選手会で構成するワールド・ベースボール・クラシック・インク(WBCI)だ。国際統括団体である世界野球ソフトボール連盟(WBSC、サッカーでいうFIFAに相当)は大会を「公認」する立場に過ぎない。
そういう意味でWBCが「米国主導の大会」であることは否めず、実際、ルールや大会の仕組み、収益配分において、米国およびMLBに優位な条件になっている。もちろん、WBSCが主催者となり、常に決勝トーナメントが米国で開催されるのではなく、持ち回り開催のような形が理想ではあるが、話は単純ではない。なぜなら、野球というスポーツにおいて、MLBという存在が実力や経済規模において他国のリーグを圧倒しているためだ。
何しろ、「世界第二の野球大国」である日本も、予選リーグの試合が常に東京ドームで開かれ、中南米の強豪国との対戦が限定的となっているなど、十分な恩恵を受けている。つまり、現在のWBCのフォーマットは世界における野球の形を反映したまでであり、パワーバランスの偏りが解消されない限りは、当面、現在の形が続くだろう。
「国際政治経済のトリレンマ」で野球、サッカー、ラグビーを分類すると…
「国際政治経済のトリレンマ」をご存じだろうか。トルコ出身の経済学者、ダニ・ロドリック氏によって2000年以降に提唱された概念で、「グローバリゼーション」と「国家主権」(自立的な国家)、「民主主義」(個人の自由)の3つを同時に選ぶことができないという考えだ。詳しくは過去のコラムでまとめているので、そちらをご参照いただきたい。
実は「国際政治経済のトリレンマ」はスポーツの世界にも当てはめることができる。例えばサッカーは「グローバリゼーション」と「民主主義」を重視する一方、各国の「国家主権」を制限している。ブラジルやドイツといったサッカー強豪国も、名前を聞いたこともないような弱小国もFIFAの元では1加盟国に過ぎない。状況として似ているのが欧州連合(EU)加盟国だ。EU加盟国は無暗に国家主権を主張するのは憚れるものの、EUというグローバリゼーションを象徴する国家連合の意思決定に民主主義を通じて参加している。
ラグビーは「国家主権」と「民主主義」を重視する一方で、「グローバリゼーション」をある程度諦めているといえるだろう。基本的に、「ハイパフォーマンスユニオン(旧ティア1)」に属する英連邦諸国を中心とした伝統国を中心に回るのがラグビーの世界だ。国家主権を取り戻すためにグローバリゼーションをある程度妥協してでもEUを脱退した英国に近い。
野球は「グローバリゼーション」を画策しつつ、米国およびMLBの「国家主権」を優先し、米国以外の国、MLB以外のリーグの「民主主義」を制限している。市場の原理を優先し、グローバリゼーションを進めてきた米国に類似しているともいえる。
なお、バスケットボールにおいては、米プロリーグNBAが野球のMLB並みに強い存在感を示しているが、野球とは異なり欧州各国などでも盛んなため、国際バスケットボール連盟(FIBA)とNBAの力が均衡し、それぞれけん制しながら大会運営やルール変更などに影響を与えている。つまり、「野球型」と「サッカー型」の中間といえよう。また、バレーボールは米国発祥のスポーツであるが、イタリアやポーランドなど米国外のプロリーグの人気、実力が高いため、「サッカー型」に当てはまると考えられる。
米国が優勝しなかった大会で、WBCへの注目度が上がった
WBCの話に戻ろう。今回の大会において、注目すべきポイントが2つある。1つ目はニューヨークヤンキースのジャッジ外野手といったスター選手を集めた米国が優勝できなかったこと。2つ目は大会に対する関心が薄いとされていた米国内において、想像以上の盛り上がりを見せたことだ。
もちろん、勝負は時の運でもあるから、決勝でベネズエラに負けたことだけをもって、米国がベネズエラに実力で劣ると決めつけることは一切できない。ただ、予選リーグで米国がイタリアに敗れたことから分かるように、スーパースター軍団といえども、常勝とは言えないくらい、代表チームの実力レベルは伯仲してきているとはいえるだろう。
背景の1つにMLBが進めたグローバリゼーションがあるのではないか。一例としてMLBはドミニカ共和国などに野球アカデミーを設立し、有力選手を青田買いしてきた。結果としてMLBのレベルが上がるのと同時に米国以外の出身選手の実力も向上した。その構造が白日の下にさらされたのがWBCといえるのかもしれない。
これまでのように米国内でのWBCへの注目度が「オープン戦の延長」程度だったら、野球米国代表が優勝できなくても、さほど、大きな話題にはならないかもしれない。しかし、米国内で放送権を持つFOXスポーツが公式Xに投稿した内容によると、今回のWBC決勝戦の視聴者数は1078万4000人で過去最高になった。複数の報道によると、これは直近のNBAファイナルを上回る数字だという。
これまでの米国の野球ファンにとって、MLBのワールドシリーズこそが最高の舞台であった。しかし、今回のWBCによって、国別対抗戦のナショナリズムがもたらす高揚感に多くのファンが気付いてしまったともいえる。
「MLB=S&P500」?
となると、米国の野球ファンは当然、米国代表に勝利を期待するだろう。米国生粋のスター選手の出現を求め、MLBの過度なグローバリゼーションを敵対視する可能性も否めない。MLBが米国出身選手を優遇するようになれば、米国代表は強くなる一方でMLBの相対的なレベルは低下するかもしれない。長い目でみれば、実は4000万人以上の野球人口を抱える未来の野球大国、中国(※)が台頭し、世界の野球界のパワーバランスはがらりと変わる可能性もある。
MLBは差し詰め、S&P500のようなものだ。米国は巨大プラットフォーマーによって世界の富を吸い上げ、優秀な頭脳を集め、資本の力でイノベーションを独占してきた。世界の株式市場における米国株の存在感はとてつもなく大きい。一方で、ラストベルト(錆びついた工業地帯)の「忘れられた人々」のように、行き過ぎたグローバリゼーションによって不遇の身となった人々もいる。
トランプ大統領が推し進める関税政策はハイパーグローバリゼーションの修正に他ならない。しかし、それは長期的には覇権国である米国の衰退にもつながり、中国やインドといった新興国の台頭を許すことにもなり得る。
このように野球というスポーツを通じて、今後の世界を見通してみるのも悪くない。たかがスポーツと侮るなかれ。スポーツとグローバル経済は常に地続きなのだ。
(※)中国の英字新聞China Daily電子版の記事によると、「中国野球人口白書」のデータとして、2019年時点で中国の野球人口はファンなども含めて4100万人、アクティブ層に限ると2100万人に上るとしている。