「2022年型円安」の再来か?【鈴木翔の週間マーケットトピック】
3月2日以降の米ドル/円相場は、緊迫化する中東情勢とそれに伴う原油価格の急騰を背景に、上昇基調を強める展開となった。週初2日は、前週末に米国とイスラエルがイランへの攻撃を開始したことを受け、地政学リスクを意識した「有事のドル買い」が進み、157円台を突破した。3日には、イランが周辺国のエネルギー施設への攻撃を拡大し、ホルムズ海峡の事実上の封鎖に踏み切ったことで原油価格が急騰し、エネルギー輸入国である日本の貿易赤字拡大が懸念され、一時157.97円と158円の大台に迫る水準まで上昇した。4日には、片山財務相による「為替介入も選択肢」との強い牽制発言や、イランによる停戦協議打診の報道を受けて一時156円台後半まで下落したものの、米ISM非製造業景況指数の上振れなどから反発した。5日は原油高への警戒から再びドル買いが優勢となり、157円台後半へ上昇した。週末6日には注目の米2月雇用統計が発表され、非農業部門雇用者数が予想外のマイナスとなったことで一時157.37円まで急落したが、その後は買い戻しが入り、157.84円で越週した。さらに週明け9日の東京市場早朝には、イランの最高指導者に対米強硬派が選出されたとの報道やWTI原油先物価格が100ドルを突破したことを受けて158円を突破した。
1.中東情勢
中東情勢は、2月28日に米国とイスラエルがイランに対して大規模な軍事攻撃を開始して以降、極めて不透明な状態に陥っている。イランは初日の空爆で最高指導者のハメネイ師や革命防衛隊の幹部らを失う甚大な被害を受けたが、米国との直接交渉を拒絶し、猛烈な報復攻撃を展開している。その標的はイスラエル本土や中東に点在する米軍基地にとどまらず、サウジアラビアの製油所やカタールの液化天然ガス(LNG)施設など、周辺国のエネルギー・インフラへと拡大している。さらに、イランは世界のエネルギー輸送の急所であるホルムズ海峡の事実上の封鎖を宣言し、航行する船舶への攻撃を正当化している。
これに対し、トランプ米大統領は今回の作戦目標を、イランの核開発能力や弾道ミサイル、海軍戦力の破壊に限定し、「体制転換(レジームチェンジ)」までは目指さないことを示唆している。トランプ大統領は軍事作戦の期間について「4〜5週間」を想定していると述べているが、状況次第ではさらに長期化する可能性も排除していない。米国はホルムズ海峡の安全を確保するため、米海軍による船舶の護衛や、安価な政治リスク保険の提供を打ち出しているが、事態の収束には至っていない。イラン側では、ハメネイ師の次男で対米強硬派とされるモジタバ氏が新たな最高指導者に選出されたと報じられており、両国の対立が泥沼化するリスクが高まっている。
2.原油価格の動向
米・イスラエルによる攻撃前は70ドル前後で推移していたWTI原油先物価格は、攻撃開始後に急騰し、3月初旬には80ドル台を突破した。その後も、イランによる周辺国の石油関連施設へのドローン・ミサイル攻撃や、UAEやクウェートにおける貯蔵施設の逼迫を理由とした減産開始の動きなどが供給不安に拍車をかけた。その結果、3月6日には90ドル台に突入し、週明け9日にはついに100ドルの大台を突破する事態となっている。
米国は世界最大の産油国であるため、原油高が自国経済に与える直接的なダメージは限定的とされるが、エネルギー資源の大半を中東からの輸入に依存する日本や欧州への影響は極めて深刻だ。特に日本にとっては、原油価格の高騰が貿易赤字の急拡大に直結するため、為替市場では「2022年型円安」の再来が警戒されている。また、原油高による輸入物価の上昇がインフレを再燃させれば、家計の実質購買力を低下させ、景気が減速するスタグフレーションのリスクが高まる状況だ。
3.2月雇用統計
3月6日に発表された米国の2月雇用統計は市場に大きなサプライズを与えた。非農業部門雇用者数は前月比▲9.2万人となり、市場予想(同+5.5万人)に反して大幅なマイナスを記録した。1月の強い伸び(同+12.6万人)からの反動という側面もあるが、詳細を見ると、オバマケア拡充法の打ち切りに伴う医療ニーズの減少や、医療従事者のストライキ、さらには悪天候などの一時的な要因が雇用を大きく押し下げた。また、失業率も前月の4.3%から4.4%へ悪化し、労働市場の減速を示唆する内容となった。
雇用統計の下振れ結果を受け、市場ではFRBが利下げを急ぐとの見方が再燃している。タカ派とされるボウマンFRB副議長が追加利下げ支持に傾く姿勢を示したほか、デイリー・サンフランシスコ連銀総裁も労働市場の安定化見通しが揺らいでいると言及した。3月FOMC(日本時間3月19日午前3時)でパウエル議長の様子見スタンスに変化が出るのか注目が集まる。
4.今後の見通し
今週の米ドル/円相場は、引き続きイラン情勢と原油価格の動向に振り回される神経質な展開が予想される。原油高に伴う日本の貿易赤字拡大への懸念と、地政学リスクの高まりを背景とした「有事のドル買い」が重なることで、基本的には円安・ドル高圧力継続を見込む。中東情勢次第では160円の大台を試す可能性も視野に入ってくる。
今後の最大の注目ポイントは、本邦当局による為替介入の有無。片山財務相は「日米財務相声明には為替介入も選択肢に含まれる」と明言しており、投機的な円安進行がさらに加速すれば、実弾介入が発動されるリスクがある。これが米ドル/円の上値を抑えることになるだろう。
日本の金融政策においては、日銀の難しい舵取りが焦点となる。原油高によるインフレ圧力の高まりと、それがもたらす景気下押し懸念が混在する中、氷見野副総裁の直近の講演では3月会合での利上げに向けた明確なシグナルは見られず、3月利上げの可能性は極めて低い。しかし、基調的なインフレ上昇は続いており、状況次第では4月の追加利上げの可能性も残されているため、植田総裁をはじめとする日銀高官の発言から政策スタンスの変化を慎重に読み解く必要がある。
一方、米国では、11日に発表される2月の消費者物価指数(CPI)が重要イベントとなるが、市場の焦点が中東情勢に移っているため、雇用統計同様、反応は限定的となる可能性が高い。