新たに発生した2つの円安要因【鈴木翔の週間マーケットトピック】
先週(2月23日~27日)の米ドル/円は、前週末比+1.00円の上昇となった。週明け23日は、前週末に米連邦最高裁がトランプ政権のIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく関税を違憲と判断したことや代替関税策への警戒感からドル売りが先行し、東京市場が休場となる中、一時154円ちょうどまで急落した。しかし、24日には「高市首相が追加利上げに難色を示した」との一部報道を受けて円売りが加速し、156円台へと急騰。25日には日銀の次期審議委員に「リフレ派」とされる2名の人事案が提示されたことで早期利上げ観測が後退し、一時156.82円まで上昇した。26日には植田日銀総裁のタカ派的なインタビュー記事や高田審議委員の講演を受けて利上げ期待がやや回復し、155円台後半へ軟化。27日は東京都区部CPIの上振れなどで一時155円台半ばまで下落したが、海外時間に米指標の上振れを受け156円台を回復し、156.05円で越週した。
日本:日銀審議委員人事で早期利上げ観測が後退し円安進行
日本では、高市政権による日銀への牽制とみられる政治動向が円安要因となった。政府は25日、今年任期満了を迎える日本銀行の審議委員2人の後任人事案を国会に提示した。3月末に任期満了となる野口旭委員の後任に浅田統一郎氏(中央大学名誉教授)、6月末に任期満了となる中川順子委員の後任に佐藤綾野氏(青山学院大学教授)を指名した。
両氏はともに、積極財政と金融緩和の継続を強く主張する「リフレ派」として知られている。日銀や財務省の関与なしに高市首相が主導したとされ、財政拡張と金融緩和を組み合わせる「高圧経済」を志向する政権の意向を色濃く反映したものと受け止められた。
前日24日に「高市首相が16日の植田総裁との会談で追加利上げに難色を示した」と報じられていたことに加え、このリフレ派人事案が提示されたことで、市場では日銀の早期追加利上げ観測が大きく後退した。これを受けて為替市場では円売りが優勢となり、米ドル/円は一時156.82円まで急伸した。また、債券市場では超長期債を中心に利回りが上昇、株式市場では日経平均株価が急騰して史上最高値を更新するなど、「高市トレード」が活発化する反応を見せた。
今後の見通しとしては、2人の委員がハト派的な投票行動をとったとしても、9人の政策委員のうち利上げを進める意向の中道派やタカ派が依然として多数を占めるため、直ちに日銀の金融正常化路線が転換する可能性は低いとみられている。実際、26日に伝わった植田総裁のインタビューや高田委員の講演では、3月や4月の利上げの可能性を排除しないタカ派的な姿勢が示され、市場の過度な利上げ後退観測を食い止めた。しかし、高市政権が長期化した場合、2027年や2028年の日銀幹部人事でもハト派が送り込まれ、日銀がハト派化する可能性には注意する必要があるだろう。
米国:イラン攻撃による地政学リスク急上昇と原油高懸念
米国では、中東情勢の極度な緊迫化が大きな相場変動要因となった。現地時間2月28日、米国とイスラエルがイランに対して大規模な軍事攻撃を実施した。この攻撃により、イラン最高指導者のハメネイ師や政府・軍の高官が複数死亡した。トランプ大統領は「体制転換(レジームチェンジ)」を目指す意図があると表明し、攻撃を継続する構えを見せている。一方、イラン側もイスラエルや中東各地の米軍基地へ報復攻撃を行うなど、事態は急激に悪化している。さらに、イランは世界の原油輸送の要衝であるホルムズ海峡の「事実上封鎖」に踏み切ったと報じられている。
この軍事衝突を受け、金融市場では初動として地政学リスクへの警戒から安全通貨としての円買い・ドル買いが発生した。しかし、ホルムズ海峡の封鎖懸念から世界の原油供給が滞るとの警戒が強まり、週明けの原油価格は急騰。エネルギー輸入国である日本にとっては、原油高による貿易収支の悪化懸念が強まり、米ドル/円には上昇圧力がかかりやすい地合いとなっている。
今後の見通しとしては、事態が早期に沈静化するのか、それとも泥沼化して中東全体を巻き込む紛争に発展するかが最大の焦点となる。トランプ大統領の意図通りにイランで親米政権が樹立されれば緊張緩和に向かう可能性もあるが、国内の混乱や反米感情の高まりから不確実性は極めて高い。
ホルムズ海峡の封鎖が長期化すれば原油高が定着し、グローバルなインフレ圧力を強めるリスクがある。OPECとロシアなどの産油国で構成するOPEC+は1日、4月からの増産を決定したが、有事の価格上昇を完全に抑え込めるかは見通せない状況だ。
今後の見通し
今週の米ドル/円は、方向感を探りながらの神経質な展開を想定している。日本では、日銀の金融政策スタンスに市場の関心が集中する。3月2日に予定されている氷見野日銀副総裁の講演が最大の注目材料となる。高市政権からの利上げ牽制圧力が意識される中、早期利上げに向けた地ならしを行うのか、それとも様子見姿勢に転じるのかによって、為替相場が大きく動く可能性がある。利上げ継続の姿勢が示されれば、円の下支えとなるだろう。
米国では、3月6日に発表される米2月雇用統計が焦点となる。FRBの利下げ時期を巡る不透明感が続く中、1月の予想外に強い雇用統計が一時的なものだったのかを見極める機会となる。労働市場の底堅さが再確認されれば、利下げ期待が後退しドル買い要因となる。その前には、2日にISM製造業景況指数、4日にADP民間部門雇用者数やISM非製造業景況指数など重要指標の発表が相次ぐため、米経済のパフォーマンスを示す指標として注目される。