そろそろスペースXの話をしようじゃないか
マーケットアナリスト大山です。今週も宜しくお願いします。
【今週のコラム要約】
6月1日、東京株式市場ではソフトバンクグループ(SBG)の時価総額が一時約49兆円に達し、トヨタ自動車を抜いて日本企業トップの座に立ったことが話題でした。トヨタが時価総額首位を明け渡すのは約22年半ぶりです。この背景は①SBGのAI関連の巨額投資計画(フランスで最大750億ユーロ(約14兆円)を投じてAI向けデータセンターを建設する計画が好感された)②出資先企業の価値上昇(英アームの業績拡大期待で株価上昇)によるもので、株式市場の主役が従来の製造業からAI/テクノロジー分野へシフトしている事が鮮明になったと言えます。
株式市場では時価総額が1兆円を超える企業を『1兆円クラブ』と評して囃すことが多いのですが、米国でも時価総額「1兆」が話題になります。ただし通貨の単位が「円」ではなく、『ドル』の話です。日本と比べてスケールが約160倍違う『1兆ドル(One trillion)』として取り上げられています。
最近では米国の1兆ドル企業にメモリ企業のマイクロンテクノロジー<MU>が仲間入りをしました。投資家がAIデータセンター向けのメモリ需要の高まりを理由にマイクロン株式を買い上げていたのですが、市場参加者のマイクロンに対する見方が大きく変化したことが理由です。これまでメモリ事業は、業績の好不況の波が激しい「コモディティ(汎用品)産業」と見なされてきました。しかし、AIデータセンター向けの需要が急増したことで顧客との長期契約が可能になり、投資家の間では「これからは波がなくなり、安定して成長を続ける企業に生まれ変わるのではないか」という期待が広がっていたのです。
そして今週末、スペースX<SPCX>が新規株式公開IPOを経て、時価総額1兆ドルクラブへ加わろうとしています。
時価総額1兆ドル以上の米国株は10社になる見込み
6月5日時点でエヌビディアの時価総額は4.9兆ドルで世界最大です。次いでアップル、そしてマイクロソフト、アマゾン、アルファベット、ブロードコム、テスラ、メタ、イーライリリーと続き、現在、時価総額が1兆ドルを超えるのはこれら9社です。前述のマイクロンも一時期はメンバーでしたが、先週末に株価が大幅に下落したため外れていますが、この1兆ドルクラブにスペースXが加わるとみられています。
IPOに向けたS-1と呼ばれる登録届出書(以下、目論見書と記載します)の修正版にて公開価格が135ドルと設定され、IPOで約5億5555万株を新規に発行して750億ドルを調達するとみられています。上場前発行済みの約125億株とあわせ、IPO時の時価総額は公開価格ベースで約1兆7700億ドルとなります。
今回のIPO評価額は、スペースXの株価が2026年の予想売上高の約70倍、2025年の利払い・税引き・減価償却前利益(EBITDA)の265倍に相当することを意味します。
複数のメディアが伝えていますが、以前の報道では2兆ドルに近い評価額が期待されていたので、市場のこれまでの期待を考慮すると、この評価額はやや期待外れと言えるかもしれませんが、株式市場の長期的な健全性にとっては、Open AI、Anthropicと続くメガIPOの企業らに事業収益化への道筋を示せるかどうかの方が重要かもしれません。
目論見書に示されている業績を確認します。
売上高:
2023年:103億8,700万ドル
2024年:140億1,500万ドル
2025年:186億7,400万ドル
2026年第1四半期:46億9,400万ドル
営業利益(損失):
2023年:(35億500万ドル)
2024年:4億6,600万ドル
2025年:(25億8,900万ドル)
2026年第1四半期:(19億4,300万ドル)
主要事業は3つあります:
Space(宇宙)部門、Connectivity(通信・スターリンク)部門、AI(人工知能)部門です。
これまでのメディアの報道を見ると、市場の話題は3つあると感じます。
① 「スターリンク」事業の収益性と成長性
目論見書では、スターリンク事業がスペースXの現在の収益を牽引する強力な基盤(キャッシュカウ)として強調されています。驚異的な成長ペース:2026年3月末時点で、164の国・地域や市場で約1,030万人の加入者を獲得し、前年同期の500万人から約105%の大幅な成長を記録しています。
事業の圧倒的な収益力を誇示しているようにも感じます。2025年におけるConnectivity(通信)部門の売上高は前年比49.8%増の113億8,700万ドル、利益は前年比120.4%増の44億2,300万ドルに達し、71億6,800万ドルのセグメント調整後EBITDAを創出しました。この強力なキャッシュフローが、宇宙部門のスターシップやAIインフラといった次世代事業への巨額投資を支えています。
巨大な潜在市場(TAM)に関しては、会社側は、通信部門の潜在市場を合計1.6兆ドル(スターリンク・ブロードバンドで8,700億ドル、スマートフォンと直接通信するスターリンク・モバイルで7,400億ドル)と見積もっています。今後は、2026年後半からスターシップを用いて、次世代「V3衛星」を展開し、さらなるネットワーク容量の拡大と成長を目指すとしています。
② ロケット再利用技術による価格破壊とスターシップへの期待
スペースXのビジネスモデルの根幹は、ロケット再利用による宇宙アクセスの「価格破壊」にあるようです。
Falcon9/Heavyによるコスト削減:ブースター(1段目ロケット)を回収し再利用することで、固定の製造コストを複数回の打ち上げに分散させ、限界打ち上げコストを劇的に引き下げています。これにより、1kgあたりの軌道到達コストは歴史的な平均値(約18,500ドル)から、Falcon9で約85%減(約2,700ドル)、Falcon Heavyで約92%減(約1,400ドル)まで低下しました。
スターシップへの絶大な期待と役割:現在開発中のスターシップは「世界初の完全かつ迅速な再利用が可能な宇宙船」として設計されており、軌道到達コストを歴史的平均からさらに99%以上削減することを目標としています。
成長戦略の「鍵(Key enabler)」:スターシップ(V3)は1回の打ち上げで100トンのペイロード(運搬応力)を持ち、「箸(chopsticks)」のようなアームによる空中回収技術により、民間航空機のような頻度(1時間未満での再飛行)での打ち上げを可能にします。目論見書では、このスターシップの成功が、次世代衛星の展開や後述する宇宙AIインフラの構築、さらには月・火星経済の確立など、同社の長期的な成長戦略を実現するための「決定的な要素」であると明記されています。
③ 宇宙xAIの潜在市場
目論見書では、現在地上で直面している電力やインフラの限界を打破する手段として「宇宙AIデータセンター」の構想が語られています。
地上の電力不足という課題:目論見書は、今後のAIの成長はチップ製造、データセンターインフラ、そして「発電」という物理的制約によって決定づけられると指摘し、米国ではAIによる電力需要(推定62ギガワット)が供給(49ギガワット)をすでに上回っており、地上での対応には限界が来ているとのこと。
宇宙における無限のエネルギーと冷却の優位性:太陽系のエネルギーの99.8%を占める太陽の光を宇宙空間で直接受けることで、常時かつ途切れることのない太陽エネルギーを確保できるとのこと。また、宇宙の真空空間を利用した「放射冷却」により、地上のような冷却に関わる運用コストも不要になると述べています。
巨大なTAMと壮大な展開目標:AI関連の潜在市場(TAM)は全体で26.5兆ドル(うちAIインフラが2.4兆ドル)と見積もられています。同社の長期目標は、年間100ギガワット(2025年の米国の年間総発電量の約20%に相当)のAI計算能力を宇宙に展開するというものです。
上記目論見書をベースにした話題に対し、メディアはこの様に、期待とリスクを伝えていました。
① スターリンク事業の収益性と成長性:
目論見書には、スターリンクを中心とする通信部門が2025年に約114億ドルの売上高と約44億ドルの利益を計上した「確かな事実」が記載されています。これは全社で唯一の黒字部門であり、ロケット開発やAIインフラへの巨額の先行投資(赤字)を支える基盤となっています。また、航空機やクルーズ船など法人向けへの導入実績が具体的に報告されているほか、アマゾンなど他社との競争激化や、宇宙ゴミとの衝突リスクといった事業上の懸念も公式なリスク要因として開示されています。
メディアはこうした目論見書の強固な実績をベースに、スターリンクを同社の他事業の赤字を埋める「金のなる木」として高く評価しています。一方で、公式なリスク開示の枠を超えた独自の懸念も存在しそうです。
メディアは100万基規模の衛星打ち上げ構想がもたらすケスラー症候群や光害といった環境問題への批判的な声を報じたほか、インフラが地政学的な摩擦の火種となる政治・安全保障上のリスクについても触れていました。
② ロケット再利用技術による価格破壊とスターシップへの期待:
目論見書では、次世代ロケット「スターシップ」が軌道到達コストを過去の平均から99%以上削減するよう設計されていることが明記されています。同時に、この開発には2025年だけで約30億ドルの研究開発費が投じられており、全社的な赤字の大きな要因(先行投資)となっている事実も示されています。また、スターシップの開発や目標とする打ち上げ頻度の達成が遅延した場合、次世代衛星や軌道AIインフラの展開など、同社の成長戦略全体に重大な悪影響を及ぼすというリスクが公式に警告されています。
メディアはこの目論見書の記述を受け、スターシップによる劇的なコスト削減が、同社が掲げる宇宙AIデータセンター構想などを可能にする「最大の切り札」になると期待を込めて報じています。その一方で、過去の試験飛行での爆発に見られるような開発遅延リスクを懸念するとともに、目論見書には記載されていない中東情勢などの地政学リスクなどを独自に指摘していました。
③ 宇宙×AIの潜在市場:
目論見書が描く将来的な『宇宙データセンター(軌道AIコンピュート)』構想と現状の業績との間には、まだ大きな乖離があります。2025年におけるAI部門の売上高は約32億ドルと全社の2割弱にとどまる一方で、巨大なAIデータセンターの構築に伴うクラウドコンピューティング費用やGPUの減価償却費が重くのしかかり、同部門だけで63億ドル超の営業赤字を計上し、全社の最大の赤字要因となっています。
しかし目論見書では、この巨額の先行投資を、いずれ限界を迎える地上の電力制約を打破し、早ければ2028年にも宇宙空間にAIインフラを展開するための不可欠なプロセスとして位置付けています。同社は自社の潜在市場(TAM)を人類史上最大の28.5兆ドルと見積もり、そのうちの26.5兆ドルをAI関連が占めると試算しています。
現状の損益数字だけでこの壮大な構想の成否を判断するのは困難ですが、メディアは『巨大AIコングロマリット』誕生への期待にも触れながら報じています。
立場上、断定的な表現は避けますが、債券投資が公開情報に基づく財務分析から利息と元本回収を狙う「堅実さを買う投資」であるのに対し、株式投資はいわば「夢を買う投資」です。
目論見書には、映画アルマゲドンのような宇宙デブリのリスクすら詳細に書かれています。だからこそ、「イーロン・マスク氏の描く未来に共感し、その夢を共有できるか」――そこに魅力を感じられるかどうかが、この投資に向き合う鍵になると考えています。