投資家の2つの不安―新体制FRBとAI警戒感、CPI再加速下のシナリオ分岐を読む

NEW

2026年07月08日

投資家の2つの不安―新体制FRBとAI警戒感、CPI再加速下のシナリオ分岐を読む

マーケットアナリスト大山です。今週も宜しくお願いします。
先週末(7/3)は米独立記念日(振替)で休場でした。6/29-7/2は連休前の週であり、薄商いでしたが、材料に溢れた濃密な週だったと感じます。今週のコラムは、Morgan Stanley(以下MS)のポッドキャスト「Thoughts on the Market」と、BlackRockのメモ「The Macro Implications of Chipflation」を起点に、4-6月期決算に向けた論点を整理しようと考えています。


Morgan Stanleyポッドキャストが映す「投資家の2つの不安」

先週金曜の同番組では、Global Cross Asset Strategyを率いるSerena Tang氏が、アジア・欧州の出張報告として投資家の現状認識を伝えていました。要点は想像どおりでしたが、改めて整理すると投資家の関心は2つに集約されていたと感じます。
第一に、新体制下(ウォーシュ議長就任後)のFRBをめぐる金融政策の不確実性。
第二に、長期の可能性を認めつつも足元で高まるAIへの警戒感です。

金融政策について、MSのハウスビューは明快です。ウォーシュ議長就任後のFOMCがタカ派に振れたことに対し、同社は「6月FOMCのSEP(経済見通し)は短期的なインフレのみを織り込み、"経済再開"後に訪れうるディスインフレを見ていない可能性がある」と解釈します。結論として、少なくとも年内は金融政策が利上げに向かわない、というもので、出張先でも概ね同意が得られた、というニュアンスでありました。
そしてAIについては、マクロ面の「インフレストーリー(chipflation)」と、ミクロ面の「資金調達の物語」の二層で不安が語られていました。この二層構造こそ、今週の主題です。


「chipflation」とは何か?マクロとミクロの二層構造

まずマクロ面。
MSによれば2026年は、生成AIの爆発的な普及に伴い、半導体メーカーが利益率の高いAIサーバー向け高性能メモリ(HBMなど)の生産へシフトした結果、PCやスマホ向けの汎用メモリ(DRAMやNAND)の供給量が大幅に絞られ、メモリチップの価格が高騰しています。価格は需給アンバランスを背景に、年間で数倍規模(MSは約6倍と述べ、日経報道では4〜7倍と報じています)に上昇してきました。
この背景には、(1)チップ当たりのメモリ搭載量、(2)システム当たりのチップ数、(3)クラスター当たりのシステム数この3つがいずれも増加していることがあります。ハイパースケーラー(巨大IT企業)を筆頭とする旺盛な設備投資・インフラ需要が支えになり、「依然として需要は強固だ」というのがMSの見立てです。
問題は、その需要が「持続的なのか」。その答え合わせは、まず4〜6月期決算で行うべきだと同社は言います。

次にミクロ面、すなわち資金調達です。
現在、AIおよびクラウド需要の急拡大に伴い、データセンター(DC)投資は世界の社債市場を牽引する一大テーマとなっています。ハイパースケーラーによる巨額の債券発行が相次ぎ、今後5年間で約1兆5000億ドル(約225兆円)もの資金調達が必要になると見込まれています。
このように、足元は企業の設備投資拡大に歩調を合わせるように、企業の債券発行・資金調達が活況です。社債発行の大部分はデータセンター建設関連で占められ、ハイパースケーラーはドル建て以外の投資家層の開拓にも動いています。
むろん投資家層を広げないといけない理由もあり、個人的には「米ドル市場の飽和(サチュレーション)回避」「巨額すぎるAI投資(2026年予測で約7250億ドル)の資金確保に迫られている」と考えています。このような切実な事情がありながらも、MSは、5月にユーロ・スイスフラン・円などで約250億ドル規模の起債が行われたこと、さらに、2026年にはAI関連のグローバル債券発行が約6,000億ドル上乗せされ、ハイパースケーラーの現金設備投資(capex)は2027年に「1兆ドル」を突破する見込み、と述べています。
何れにしても、巨額の資金調達が有っても債券市場が「消化している」というのが肝です。

これらの意見を纏めてみると、強烈な、そして加速する資金需要に関して、市場は「金利」と「AI設備投資」という2つの不確実性に直面しているものの、「インフレ鈍化による金利据え置き」と「1兆ドル規模へ拡大する強固なAI投資サイクル」の2本立てで臨むべき、リスク資産には引き続き強気を維持すべき、というものでしょうか。
依然としてリスクは設備投資の効率性(ROI)ですが、設備投資・設備増強サイクル自体は維持できる見込み、との整理が出来そうです。


BlackRockの視点:「chipflationは作る国にとって恵み」

少し前になりますが、BlackRockのメモも同じテーマを扱っています。
要点は、
1)マイクロエレクトロニクスへの需要増が半導体価格を押し上げ、世界的な物価上昇リスクをもたらしている、2)日本・韓国・台湾という先進アジアは、先端チップと汎用メモリの主要生産国として交易条件(Terms of Trade)の改善から恩恵を受ける、
3)AI需要の急増で一部DRAM価格は歴史的安値から1年で17倍に高騰した、というものです。

BlackRockの論理を噛み砕くと、日・韓・台は「輸出品である半導体」の価格が世界的に高騰する一方、通貨は相対的に弱い。つまり、同じ量の半導体を売って、より多くの輸入品=より多くの国民所得を得られる状態にあります。同社はこれを「国民所得の上昇が企業収益と債務持続性を支える」と表現し、日・韓・台の株式・債券をオーバーウェイト(特に日本株を継続オーバーウェイト)としています。
要は「chipflationは半導体を作る国にとっては恵みだ」という主張です。
加えて、グローバル国債をショート(=金利上昇方向)にしていると明言していました。chipflationが本物なら、金利には上昇圧力がかかる・・・という一貫した立場です。


北米市場雑感:マクロは「再加速」を指し始めている

ここからは当社データで足元を確認します。
まずインフレです。米CPI(前年比)は、2026年2月2.4%→3月3.3%→4月3.8%→5月4.2%と、明確に再加速しています(当社データでは2.434→3.286→3.779→4.167、約+1.7ポイント)。
BlackRockが挙げた「upstream microelectronics価格の消費財への転嫁」、そしてMSの"chipflation"論は、まさにこのCPI再加速のなかで検証することが可能です。
BlackRockは「CPIのコンピュータソフトウェア関連サブ指数が直近3カ月で+15.5%」という数字を、転嫁が実データに表れ始めた象徴として挙げています。

ここで一つ、論理の綱渡りを指摘しておきます。MSのハウスビュー(=ウォーシュ議長の6月予測は短期インフレのみを織り込み、年内は据え置きが基本線)は、「インフレが鈍化するから据え置き」ではなく、「インフレ再加速リスクを抱えつつも利上げには行かない」という、やや際どい前提に立っています。CPIの4%台は、その前提の脆さを映しているようにも見えます。

金利の動きも整合的です。米10年債利回りは6/26に4.37%まで低下した後、6/30に4.44%、7/1に4.48%、7/2に4.49%(当社データで4.485%)へと、週後半にむしろ反発しました。5月中旬に一時4.66%(同4.663%、5/20)まで上昇した局面からは低下していますが、直近の流れは「下げ渋り〜反発」です。

これはchipflationシナリオと符合します。「金利が落ち着けば株にポジティブ」という単純な見立ては、chipflation下では成立しにくくなる可能性があります。むしろ「インフレ→金利上昇圧力」と「AI投資→株高」が綱引きになる・・・それが先週後半の構図だと感じます。

なお、MSの「2027年capex1兆ドル突破」というシナリオは、アナリスト予想ベースの先行capexでも裏付けられつつあります。MSの集計では、Microsoft(MSFT)の予想12カ月capex(アナリスト集計、LSEG)は3月末の約1,224億ドルから7月初の約1,720億ドルへと、わずか3カ月で約+40%上方修正されたとされます(第三者集計であり当社時系列では未検証)。資金調達面でも、Reuters(6/29)はハイパースケーラーが非ドル建て投資家層を開拓している事実を伝え、MSの「5月に約250億ドルを非ドル建てで起債」というコメントと符合します。


シナリオ整理:いまはA(ベース)とC(暴走)の境界か

以上を踏まえ、シナリオを3つに整理します。
シナリオA(ベース:MS・BlackRock共通):インフレは再加速だが利上げなし。AI capexは2027年に1兆ドル規模へ拡大し、金利には上昇圧力(BlackRockは国債ショート)。株式はリスク資産に強気維持(MS)。日・韓・台は交易条件が相対的に優位。
シナリオB(ROI失望&capexテーパー):設備投資の効率性(ROI)への疑念が台頭し、金利は景気減速で低下。株式はUBSが警告する「AI Capex Taper Tantrum」(6/26)の様相。半導体・大型グロースの巻き戻しリスク。
シナリオC(chipflation暴走):メモリ価格高騰が消費財インフレへ本格波及、金利は大幅上昇、利上げ観測復活でバリュエーション圧縮、金利敏感株に逆風。

現状の「CPI加速+capex上方修正+金利の下げ渋り」という組み合わせは、AとCの境界にいることを示唆しているように見えます。先週の半導体一服とソフト・銀行へのローテーションは、Bの"入口"のようにも見えますが、マクロの矢印はむしろAとCを指している・・・ここが今の悩ましさです。


4〜6月期決算での検証ポイント

答え合わせの場は決算です。確認すべきは3点に絞られます。
ハイパースケーラーのcapexガイダンス:上方修正が続くか(サイクル維持の確認)。先行capexは既に加速を示しています。
メモリ各社の価格・受注:需給逼迫が広がるか。K字経済の「勝ち組」側の確認です。
ROIの兆候:MSが唯一のリスクと位置づける設備投資の効率性。投下資本に見合う収益化が語られるかが焦点で、AlphabetのAIインフラ投資回収に関する報道(7/1)も試金石になり得ます。


まとめと留意点

先週のマーケットを振り返ると、要点は、
(1)マクロはCPI再加速と金利の下げ渋りで「A×Cの境界」を示唆、
(2)AI capexサイクルは先行データ上なお加速、
(3)物色は半導体一服からソフト・金融の材料株へ、という3点です。
鍵はやはり4〜6月期決算で、企業の設備投資継続・メモリ需給・ROIの3点が、シナリオの分岐を決めるのではないかと考えています。


著者プロフィール

大山季之

大山季之

松井証券シニアマーケットアナリスト。1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。


実施中のキャンペーン・
プログラム

オンラインで簡単。
まずは無料で口座開設

松井証券ならオンラインで申し込みが完結します。署名・捺印・書類の郵送は不要です。

口座開設(無料) 口座開設サポートへご相談

口座開設サポート 電話番号

電話アイコン IP電話等:03-5216-0617