“クジラ”は国内資産にシフトするのか? 片山財務相「GPIF発言」を検証する
「GPIFをはじめとする年金基金により日本の金融資産にさらなる投資をしていただくという方向で後押しをする方策を追求したいというふうに考えております」。片山さつき財務相が7月10日の記者会見で述べた発言が波紋を呼んでいる。300兆円もの資産を運用し、“クジラ”とも称される年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の動向にマーケット関係者は一喜一憂する。ただし、長期の視点を見失うと、問題の本質は見えてこない。
目次
口先介入? 片山財務相の発言の真意とは
仮にGPIFが国内資産(国内の債券や株式)の比率を増やすことになれば、国内債券の価格は上昇し、金利は低下するだろう。外貨売り・円買いという資金フローも発生するため、為替の面では円高が進むとも考えられる。実際に、発言を受け、マーケットは金利低下(債券価格上昇)、円高、株高で反応した。
一方で、GPIFは法律上、「専ら被保険者の利益のために」運用することが法律で義務付けられている。いわゆる「多事考慮」の禁止だ。金利上昇や円安進行の抑制を目的とする行動を「被保険者の利益」と捉えるためには、精緻なロジックの組み立てが必要になる。加えて、GPIFの所管はあくまで厚生労働省であり、政策の実現可能性を考えた場合、片山財務相の発言がどの程度意味を持つのかも定かではない。
現時点では、実際の行動ではなく、発言によってマーケットをけん制する「口先介入」の域を出ていないというのが多くの市場関係者の見方である。筆者も概ね同意するが、長期の視点で注意深く見守るべきトピックであるとも考える。
「許容乖離幅」に対する誤解、「範囲内なら自由に動かせる」と言う意味ではない
今回の騒動で浮き彫りになったのがGPIFの積立金運用に対する、メディアや一部市場関係者の認識不足だ。GPIFは国内外の複数資産に分散投資する。現在の基本ポートフォリオは国内外の株式と債券に25%ずつ配分するものだ。
これは「戦略的アセットアロケーション(Strategic Asset Allocation=SAA)」と言う考え方に立脚したものだ。数年に一度といったタイミングで、長期の経済見通しや年金財政をもとに必要とする期待リターンを獲得できるように基本ポートフォリオを見直すものの、基本的には決められた資産配分を維持する。市場環境などに応じて、柔軟に資産配分比率を変えていく「戦術的アセットアロケーション(Tactical Asset Allocation=TAA)」とは根本から思想が異なり、GPIFの場合、そもそも資産配分は容易に変えられるものではない。
各資産には基本ポートフォリオからの乖離を容認する「許容乖離幅」(国内債券の場合±6%)が設けられているため、現行ルールのもとでも、国内債券や株式の比率が増やせるという解釈も目立ったが、これには初歩的な誤解が紛れ込んでいる。
許容乖離幅は「時宜に応じて、特定資産の比率を増やしたり減らしたりすることを許容する幅」と言う意味ではない。あくまでリバランスのタイミングにおいて、基本ポートフォリオの比率からずれていた場合、「リバランスせず放置するか否か」といった判断のために使われる概念である。過度なリバランスを抑え、取引コストやマーケットインパクトを小さくすることが主な目的だ。
もっとも、こうした認識のずれは、結果的に口先介入の効果を強める面もあったのかもしれない。その後の記者会見でもGPIFに関するやり取りがあるが、うまく抽象的な表現で逃げている。片山氏のしたたかさも垣間見えてくる。
2014年の大転換とは全く筋が異なる話か
GPIFの資産配分の変遷をめぐっては、国内債券の比率を大きく引き下げ、国内株の比率を引き上げた、2014年の大転換を持ち出す向きもある。この点については、丁寧に整理しておくべきだろう。
健全な年金財政を維持するための方策は、①現役世代の保険料負担を増やす②受給世代の年金額を減らす③年金積立金の期待リターンをあげる――の3つの組み合わせしかない(※厳密に言えば、国庫負担のある「社会保険方式」である日本の公的年金の場合、税金からの投入を増やす手段もあるが、複雑になるので割愛する)。2014年の基本ポートフォリオの見直しは、③の観点から「積立金の運用に頑張ってもらう」という道を選んだに過ぎない。
もちろん、「期待リターンだけ高める」といった都合の良い話はないから、リスク資産の比率を増やすことは不可避であり、それに応じた資産配分にしたのが2014年の変更だ。「国民の大事な年金資産をリスク資産に傾けるべきなのか」という議論は重要ではあるが、年金財政の視点から見れば(隠れた政治的な意図はあったかもしれないが)、筋が通った行動といえる。
一方で、今回の議論は、あくまで長期金利の上昇や円安進行を抑え込むことが主眼となっているため、「べき論」で言えば、一見筋が悪い。
「GPIF=ユニバーサルオーナー論」をどう考えるかがカギに
それでも、長期の視点で注意深く見守るべきトピックであると筆者が考えるのは、実現可能性がないとも思えないためだ。理由の一つは国内の金利上昇だ。現在の年金積立金の長期的な運用目標は「賃金上昇率+1.9%」。為替リスクがなく、信用リスクも小さい国内債券で、目的に近づけられるのであれば、国内外の株式などのリスク資産に過度に傾斜する必要はなくなる。
もう一つは「ホームカントリーバイアス(自国資産への偏重)」の捉え方によっては、国内資産の比率を増やすことが理に適うという論理展開も不可能ではないためだ。現代ポートフォリオ理論のCAPM(資本資産価格モデル)によれば、市場規模に応じて資産を保有することが効率的とされる。例えば株式の場合、世界の中における日本株の市場規模は5~10%程度であるため、国内外で半々である基本ポートフォリオは、現時点においても非常に強いホームカントリーバイアスがかかっていることになる。
ただ、CAPMが成立するためには、非常に多くの前提を置くため、GPIFのポートフォリオに当てはめるのは多少無理があるとの見方もある。むしろ、GPIFのように超巨大な機関投資家は「ユニバーサルオーナー」と言われ、自らの投資行動が与える社会的、経済的な影響について、長期的な視点から責任を持つことが重視される。
例えばこう考えたら「ホームカントリーバイアス」が正の意味を持つかもしれない。GPIFが国内資産により多く投資することによって、日本経済の活性化につながれば、賃金上昇を通じて保険料収入も増え、年金財政も健全化に向かう――。やや粗削りだが、上手に理論を構築すれば、多事考慮禁止の原則を跳ね返す可能性もゼロではない。
片山氏、基本ポートフォリオは「不磨の大典ではない」
一時、取り沙汰された「統合政府のバランスシート」(一般会計、特別会計、日銀、GPIFなども合算した政府全体のバランスシート)の考え方を持ち出せば、片山財務相がGPIFについて口出しすることも理屈が通らないとも言えない(アクロバティックな理論になるが)。片山氏は7月14日の記者会見で、GPIFの基本ポートフォリオについて「不磨の大典ではない」としている。すでに水面下で様々な話が動いている可能性も視野に入れておくべきだろう。
筆者自身はGPIFがこれ以上、ホームカントリーバイアスを強めることに必ずしも賛成とは言えないが、見込みがある以上、冷静に進捗を見守るべきと言うスタンスだ。