顔面を殴られた市場と「K字型経済」の残酷な現実 AIの幻影から「物理インフラ」への逃避行へ
マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。(本稿執筆は2026年3月24日)
今、世界の金融市場は文字通り「息を呑んで」時計の針を見つめています。トランプ米大統領がイランに対して突きつけた「48時間以内のホルムズ海峡開放、さもなくば発電所を爆撃する」という最後通牒。そしてその直後に「5日間の執行猶予」とも言える『米-イラン、戦争終結や未解決問題の解決について協議、インフラ攻撃5日間延期』という報道が届いています。いつものようにトランプ氏がTACOるのかどうか分かりませんが(TACO:Trump Always Chickens Outトランプはいつもチキンのように尻込みする・・・の頭文字を取ったもの)、両国が交渉テーブルに着席したのは大きな一歩だと思います。極限のチキンレースが実際にどのような軍事的・政治的アクションを伴うのか、市場は固唾をのんで注視しています。
しかし、投資家として私たちが直視すべきなのは「ミサイルが飛ぶかどうか」という結果予想ではありません。
この一連の地政学的な大混乱が、米国のインフレを再燃させ、パウエルFRB議長をして「Nobody knows(誰にも分からない)」と言わしめるほどの「コントロール不能なスタグフレーション(物価高と景気後退の併発)」の発生確率を高めている・・・という事実です。
Nobody knows=Do Nothing 誰にも分からないならFRBはアクションを起こさない、今後しばらく金融政策の変更は「何もない」と予想され、金融緩和が市場を下支えする可能性は低そうです。この様な環境下、今週は、ウォール街が提唱する「ローリング・リセッション(波状的な景気後退)」が、今まさに米国の消費とクレジット市場をどのように蝕み始めているのか・・・、そして、この嵐の中で私たちが向かうべき「真の投資先」はどこなのかを紐解いていきます。
【今週のコラム要約】
- 「K字型経済」の変貌:年収5,000万円でも「給料日前は自転車操業」:
- 顔面を殴られたクレジット市場と「出口なきパニック」:
- 「5日間の猶予」の先にある不可逆的な変化:AIの幻影から「物理インフラ」へ:
米国の「K字型経済※」は、高インフレの常態化によって高所得層すら生活苦に陥るほどの歪みをもたらす。コストコなど、消費の底辺を物理的に支える実体企業の強さが際立つ局面へ。
高金利が長期化、財務基盤がぜい弱な“実体のないソフトウェア企業”のデフォルトが急増。パニック状態にある民間信用市場は、大規模な膿出しが避けられない情勢へ。
投資資金は実体のないソフトウェアから逃避。今後はAIを支える送電網など「物理インフラ」を独占し、強固な実体を持つ企業へ資本が集中する見通し。
※K字型経済:低所得層と高所得層の間で経済格差が広がり、消費動向が二極化している状態を指す。最近は米国経済に於いて「K字型」が進むおそれがあると、エコノミストらが警鐘を鳴らしている。
「K字型経済」の変貌:年収5,000万円でも「給料日前は自転車操業」
米国経済を語る上で欠かせないのが、富める者はより富み、貧しい者はより苦しむ「K字型経済」という言葉です。しかし最新のデータ分析(コンサルティングファームA.T.カーニーの報告等)を見ると、この「K字」の形そのものが、インフレという重力によって無惨に歪み始めていることが分かります。
A.T.カーニーはKの腕の中での生活、Kの脚での生活をそれぞれ3セグメントに分けながら、どちらも深刻な財政難に悩み、債務増加要因に押しつぶされそうになっている現実を伝えています。
現在、K字型経済の頂点に君臨し、本当に安泰と言えるのは超富裕層の「トップ1%」だけなのですが、驚くべきことに、年収10万ドル(年収約1500万円、米国の金銭感覚で言えば6桁ドルの収入の世帯です)以上を稼ぐいわゆる「高所得層」のうち、上位2割のさらに半分が「非常に危うい経済状態」に追い込まれています。
さらにウォール街は、人間の見栄と金銭感覚の恐ろしさを浮き彫りにしたデータを提供しています。
なんと、年収30万〜50万ドル(約4,500万〜7,500万円)を稼ぐエリート層の約4割が、「次の給料日を待ってやりくりする(Paycheck to paycheck)」カツカツの生活を送っているというのです。
彼らは、インフレで生活コストが跳ね上がっているにもかかわらず、「ラルフローレンで着飾り、クリスマスには豪華なバカンスへ行く」という、かつての豊かな中産階級の「それっぽい生活スタイル」を体裁よく維持しようと必死にもがいているようです。結果として、年収10万ドルレベルの分厚い中間層が、インフレの波に飲み込まれ、K字の下のラインへと容赦なく追いやられているのが今の米国消費のリアルです。
(金銭感覚というのは、稼ぐ額に関わらず人それぞれで恐ろしいものです…笑)。
一方で、K字の底辺(K字型の脚部分)を支える層はどうでしょうか。ここで輝きを放つのが、マクドナルドの低価格戦略であり、そして「コストコの1.5ドルのホットドッグ(ソーダ付き)」です。コストコはこの1.5ドルという価格を40年間一貫して維持し、今後も永遠に提供し続けると宣言しています。これは単なる客寄せではなく、インフレに苦しむ消費者にとっての「最後のセーフティーネット」として機能しており、こうした物理的な「安価なカロリー」を確実に提供できる企業の強さが際立っています。皮肉なことですが、中途半端な高所得者向けのビジネスよりも、超富裕層向けか、あるいはコストコのような徹底した底辺支えのビジネス(K字の両極端)しか生き残れない時代に入ったとも言えます。
顔面を殴られたクレジット市場と「出口なきパニック」
消費者が苦しむ中、金融市場の裏側ではさらに恐ろしい時限爆弾が破裂しつつあります。それが、近年ウォール街で最も熱狂的なブームとなっていた「プライベート・クレジット(民間信用)市場」です。
伝説のボクサー、マイク・タイソンはかつてこう言いました。
「誰もが立派な計画を持っている。顔面をパンチされるまでは(Everyone has a plan until they get punched in the mouth)」
この不朽の名言は、今の米国の投資家たちにそのまま当てはまります。
低金利時代、少しでも高い利回りを求めて投資家は投資商品に群がってしまったのです。これは2025年8月に大統領令によって推進された規制変更によって、プライベート・クレジット・ファンドが401k(確定拠出年金)プランに組み込まれることが可能になったことも影響していると思います。つまり一般の投資家までもが401kなどを通じてこのプライベート・クレジット市場に殺到したというのです。誰もが「安定した高い利回りが得られる」という完璧な計画を持っていたはずでした。
しかし、ホルムズ海峡の封鎖懸念やエネルギー価格の急騰という「物理の目詰まり」が、彼らの顔面に強烈なインフレ・パンチをお見舞いしました。FRBは利下げどころか「Higher for Longer(高金利の長期化)」、あるいは再利上げすら意識せざるを得ません。
結果として、変動金利で借金を膨らませていた実体のないソフトウェア企業などのデフォルト(債務不履行)率が8〜9%という危険水域に達しています(ウォール街推計、格付け機関フィッチ推計)。パニックに陥った投資家たちは一斉に小さな出口へ殺到していますが、プライベート・クレジットには上場株式のような流動性がなく、ファンドが償還解約を制限することになりました。
私の個人的な見解ですが、高金利状態が続く環境下では、このクレジット市場の崩壊は単なる金利の調整では最早収まらないと考えます。借り換えコストは高く、『進むも地獄、退くのも地獄』とはこのことです。
傷ついた債権(額面割れしたローン)を、バルク(一括)でガサっと買い叩いてくれる巨大な「セカンダリー・プレイヤー(ハゲタカファンドのような存在)」が現れ、市場の膿を強制的に出し切らない限り、この厳しい状況は延々と続くと見ています。
「5日間の猶予」の先にある不可逆的な変化:AIの幻影から「物理インフラ」へ
さて、話を冒頭の「イランのインフラ設備への攻撃5日間延期」に戻しましょう。紛争当事国間の交渉結果、イランが海峡を開けるのか、それとも本当に発電所が火の海になるのか。予断は許しません。
しかし、投資戦略において重要なのは、どちらに転んでも「物理的なサプライチェーンのリスクとコスト」が歴史的に跳ね上がったという事実は変わらないということです。ホルムズ海峡の危機は、アジアの製造業に決定的な不利をもたらし、中東の潤沢なオイルマネーに支えられていたラグジュアリーマーケット(高級ブランド)すら消滅の危機に追い込んでいます。
FRBパウエル議長も言い放った「誰も答えを知らない(Nobody knows)」スタグフレーションと、クレジット市場の崩壊という嵐の中で、私たちの資金はどこへ向かうべきなのでしょうか?
答えは明確です。AIが作り出す「実体のないソフトウェア(情報)」から離れ、世界を物理的に動かすための「インフラストラクチャー」へ避難することです。
仏コンサルティングファームのCapgeminiは米FORTUNE誌に対し、「人々が求めているのはレシピではなく、「ケーキ」そのもの」と述べています。
どれだけAIが優れたコードや計画(レシピ)を弾き出して、技術やアドバイスを販売してもダメ。実際に「ケーキ」、成果に該当する、実行するための電力網、変圧器、冷却システムといった「物理的な執行力(ケーキ)」がなければ、AIは1秒たりとも機能しませんよ・・・という事です。
だからこそ今、私が最も注目しているのは、イートン(ETN)のような電力管理・インフラ構築の世界的リーダー企業であり、GEベルノバのような、キャタピラーのような発電事業に絡む事業体です。彼らは、AIデータセンターの爆発的な電力需要と、老朽化した米国の送電網の更新という「絶対に先送りできない物理的な需要」を独占し、タービン、発電機を供給しています。
地政学的な危機で原油が上がろうが、消費者がコストコのホットドッグに列をなそうが、彼らの提供する「インフラ」への投資は止まることがありません。
「計画」が崩れ去り、顔面を殴られるようなボラティリティの時代において、最後に私たちの資産を守ってくれるのは、幻のようなテクノロジーではなく、泥臭くも強靭な「物理の船」なのだと思うのです。
今週もよろしくお願いいたします。