謎の指標「Qレシオ」とは? バブルから得る教訓

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2026年08月04日

謎の指標「Qレシオ」とは? バブルから得る教訓

「『Qレシオ』が何か分かりますか?」。先日対談させていただいたベテランファンドマネジャーの方から出されたクイズだ。なんとなく頭の片隅にあった言葉なので「時価を反映したPBR(株価純資産倍率)みたいなものですよね」と回答。「90点」と評価していただいた。


切ないほどノスタルジックな気分にさせる言葉?

人によっては、まったくピンと来ないけど、中には、切ないほどノスタルジックな気分になる人もいるかもしれない。「Qレシオ」とはそんな言葉に違いない。筆者の場合、たまたま視聴した「Newsモーニングサテライト」(テレビ東京系)の出演者がQレシオについて語っていた記憶があったため知っていたが、筆者の年齢(40代後半)を考えれば、クイズに答えられなくても全く恥ずかしくはないだろう。

なぜならQレシオは、金融関連の資格試験のテキストで見かける言葉でもなければ、ファイナンス関連の書籍に掲載されている言葉でもない。実用性で言えば死語も同然であり、バブルの思い出を語る文脈の中で時々使われる言葉に過ぎない。

PBRとQレシオの違い

件のファンドマネジャーの方が90点と採点した理由は定かでないが、「時価を反映したPBRみたいなもの」でほぼ実態を表しているといえよう。PBRは「株価÷1株あたり純資産」(もしくは「株式時価総額÷純資産」)であり、純資産は簿価ベースだ。Qレシオは不動産や子会社の株式などを時価で評価する。不動産価格や株価が上昇を続けるバブル経済下では、PBRの分母にあたる部分が大きくなるため、Qレシオ上は株価の割高感が薄れることになる。


バブルを正当化するためのレトリック

しかし、Qレシオには大きなパラドックスが潜んでいる。その元凶は企業価値評価の「基本中の基本」を忘れてしまっている点であると筆者は考える。教科書的に言えば、企業価値は「将来、企業が稼ぐキャッシュフローの現在価値の合計」である。それなのに、お金を稼ぐ力ではなく、保有している資産に目を向けてしまっていた。

事業の継続を前提にすれば、本社や工場などの保有不動産を売ってキャッシュにすることは現実的ではない。また、当時の状況を考えれば、持ち合い株なども簡単には売れなかっただろう。しかし、それらの時価を高い株価の根拠にしてしまっているところに根本的な過ちがある。

例えば、A社とB社が株式を持ち合っていたとする。A社の株価が上がったとしよう。B社のQレシオは下がる。Qレシオにおいて割安だと判断されたB社の株価が買われれば、A社のQレシオが下がる。そしてA社の株価が上がる…といった具合に無限ループが起きてしまう。そこに「キャッシュを生む力」と言う発想は皆無だ。

持ち合い2社をQレシオで評価する際に生じるループ

そういう意味では1980年代の日本のバブルは日本独自の株式持ち合い構造がQレシオと絡み合い、そこに、土地の値段は下がらないという日本独自の「土地神話」が加わることで増幅されたという「日本独自」の要因が大きかったともいえるだろう。いずれにせよ、バブルになると人間はそれを理由付けできる手段を探す。しかし、その後のバブル崩壊、そして、Qレシオが死語となっている事実こそが、「Qレシオはバブルを正当化するためのレトリックに過ぎなかった」ことの確たる証拠ではないだろうか。


Qレシオが現代のAI相場に与える教訓

不動産や株式の時価に傾斜されがちだが、Qレシオには隠された論点がある。Qレシオの「Q」は「トービンのQ」に由来する。企業の市場価値を資産の再調達コストで割った値であり、Q>1なら投資に値し、Q<1なら投資に値しない。そのため、Qレシオの分母には不動産や保有株だけでなく、機械や設備といった資本財を時価評価した値も含める。もしかしたら、冒頭のファンドマネジャーの方が10点減点したのは、この観点が抜けていたからかもしれない。

時価を評価しやすい不動産や株式に比べると、流動性が低い機械などの資本財の時価評価は難しい。そこで、その設備がその時点で将来どのくらい稼げるかを、当初の目論見とくらべて、高いか低いかで時価が上がったか下がったかを評価する。例えば、過去に2億円稼げると考えて、1億円かけて購入した設備について、ある時冷静にその価値を見定めた時に5000万円しか稼げないことを知ったとしよう。その設備に1億円をかける価値はない。5000万円÷1億円=0.5が、投資案件ベースのトービンのQであり、それが1を下回っている時、「投資に値しない」(もしくは「投資が誤りであった」)ことを意味する。

そのような元々の意味に立ち返れば、「Qが低い」=「株価が割安」ではなく、むしろ正反対の結論にもなりかねない。今回、Qレシオについて調べていくにあたり、ある貴重な文献にたどり着いた。証券アナリストジャーナル1989年1月号に掲載された座談会形式の記事、『「日本の株価水準研究グループ報告書」をめぐって』。座談会に臨む論客の一人として、甘いマスクの青年の顔写真が掲載されている。現在の植田和男日銀総裁(当時は阪大経済学部助教授)だ。

当時の株高を、Qレシオを用いて正当化しようとする専門家に対し、植田氏は、正当な経済学の捉え方から、その矛盾を丁寧についている。マーケットはもっと、植田氏の言葉に耳を傾けるべきだったのだろうか。この記事が出たちょうど1年後、日経平均株価は下落基調となり、日本経済は「失われた30年」の闇に突き進んでいく。市場は本当の意味で企業の過剰投資に気づき、Qレシオの循環論的なまやかしを理解したのかもしれない。

翻って、現在のAI相場。企業が進めるデータセンターなどへの投資の裏側にQレシオ的な発想はないだろうか。少しだけ気になる。


著者プロフィール

海老澤界

海老澤界

松井証券シニアファンドアナリスト。横浜国立大学経済学部卒業後、日刊工業新聞記者を経て格付投資情報センター(R&I)入社。年金・投信関連ニューズレター記者、日本経済新聞記者(出向)、ファンドアナリストを経て、マネー誌「ダイヤモンドZAi」アナリストを務める。長年、投資信託について運用、販売、マーケティングなど多面的にウォッチ。投信アワードの企画・選定にもかかわる。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。投資信託を多面的にウォッチし、豊富な投信アワードの企画・選定経験から客観的にトレンドを解説。


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