中東情勢とクレジット市場に潜む「炭鉱のゴキブリ」

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2026年03月11日

中東情勢とクレジット市場に潜む「炭鉱のゴキブリ」

マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。
今週もシビアな市場環境について書かないといけないのですが、市場を支配する二つの大きなテーマ:中東情勢とクレジット市場の「炭鉱のゴキブリ」に関してお話ししようと思います。

【今週のコラム要約】



マクロ環境の整理:原油価格「1バレル100ドル突破」の衝撃と雇用統計の悪化

週初はオイル価格の高騰から始まりました。米国とイスラエルによるイランへの攻撃をきっかけに、WTI原油先物は週明けの取引で一時20%近く急騰し、2022年のロシアによるウクライナ侵攻以来となる1バレル100ドルを突破しました。5営業日強で1バレルあたり40ドル以上も上昇するという、1983年の取引開始以来最大の急騰劇です。
これまで、多くのマクロエコノミスト、市場関係者は「米国は世界最大のエネルギー生産国であり、原油価格が1バレル125ドルに達しない限り、米国経済に深刻な打撃を与えることはない」という楽観的な見解を示していました。しかし、ホルムズ海峡の実質的な閉鎖により、イラクやクウェートでは貯蔵タンクが満杯となり、原油生産そのものを停止(シャットイン)せざるを得ない状況に追い込まれています。この物理的な物流の停止は、単なる価格の乱高下を超えた、実体経済への強烈なダメージを示唆しています。

さらに市場を冷や汗させたのが、金曜日に発表された2月の米雇用統計です。非農業部門雇用者数は市場予想(5万人増)に反して9万2,000人の減少となり、失業率は4.4%へと悪化しました。過去5ヶ月間で3度目の雇用減少であり、労働市場の軟化が明白になっています。
これにより、FRB(連邦準備制度理事会)は完全に「拘束衣」を着せられた状態(板挟み)に陥りました。労働市場の悪化を見れば利下げが必要ですが、原油価格の高騰がインフレ(CPI)を再び押し上げているため、利下げに踏み切れません。サンフランシスコ連銀のデイリー総裁も「インフレが目標を上回って推移し、原油価格も上昇しているため、バランスの取れた計算が必要だ」と述べ、安易な利下げに警鐘を鳴らしています。


地政学の深層:「対中包囲網」の完成とUAEの金融兵糧攻め】

中東の紛争は、単なる地域紛争の枠を超えています。欧米の主要メディアやシンクタンクのトップアナリストたちの間で急速に共有されている物語(ストーリー)は、今回の米軍によるイラン攻撃が「中国のエネルギーと資金の供給網を物理的に断つ(対中包囲網の完成)」ためのものであるという見方です。
中国はイラン産原油の輸出の約90%を買い上げており、その大半がホルムズ海峡を通過しています。米海軍の圧倒的な「物理の壁」によってこの海峡が封鎖されれば、中国経済は数ヶ月以内に致命的な打撃を受けます。
さらに注目すべきは、UAE(アラブ首長国連邦)によるイラン資産の凍結です。UAEはこれまで、イランの影の企業(シャドーカンパニー)が西側の制裁を回避するための金融ハブとして機能してきました。しかしUAE当局は今回、イランの資産数十億ドルを凍結し、イスラム革命防衛隊(IRGC)関連の口座を標的にすることを検討しています。
軍事的な「物理の破壊」に加えて、UAEを巻き込んだ「金融ネットワークの完全封鎖」が始まったのです。テヘランが40年かけてドバイに構築した資金洗浄・決済ルートが絶たれるということは、イランが物理的にも金融的にも完全に干上がることを意味します。
これはまさに、中国の裏口の資金網を断つための総仕上げ。

実際、アメリカメディアの一部、地政学や安全保障の専門家は足元の株価の乱高下など意に介していないように思えます(恐ろしいことに)。今回は単なる中東紛争ではなく、中国のエネルギーと資金の供給網を物理的に断つための対中包囲網の総仕上げと言わんばかりに報じています。その主張は冷徹で、米軍の圧倒的な「物理の力」でサプライチェーンを寸断するというものです。たとえ人の生存の根源である「海水淡水化プラント(水インフラ)」が被害を受けようと優先すべきは国家の生存をかけた殴り合い・・・であると。


クレジット市場の「炭鉱のゴキブリ」:過剰報道と真の危機「信用の目詰まり」と「価値の破壊」

一方で、ウォール街のもう一つの懸念材料である「プライベートクレジット市場の崩壊不安」について解説します。
先週、世界最大の資産運用会社ブラックロックが、自社のプライベートクレジットファンド(HLEND)において、投資家からの解約(買い戻し)要求に対して上限を設け、制限をかけたと報じられました。これにより「1.8兆ドル規模のプライベートクレジット市場の崩壊の始まりか」とメディアはこぞって騒ぎ立てました。
しかし、冷静に数字を見てください。ブラックロックの運用総額(AUM)は14兆ドルです。今回対象となった株式の総額は約12億ドル。全体のわずか0.0085%に過ぎません。言葉は悪いですが「微々たる金額」です。
ファンドが解約に制限をかけるのは、流動性の低いプライベートローン(未公開企業への直接融資)という商品の特性上、投資家の資金引き出し期間と融資の回収期間のミスマッチを防ぐための「基盤的な流動性管理方針」に過ぎません。ブラックロックの経営の根幹を揺るがすような事態では絶対にありませんし、SNSで過剰に騒ぐような事案ではないと断言します。

米有力投資運用会社オーク・ツリー・キャピタル共同創業者ハワード・マークス氏はプライベートクレジット市場に関して、投資の基準を緩めたことを、売却が困難な資産に投資する一方で投資家が追加資金を投入して毎月または四半期毎に資金を引き出せるオープンエンド型のファンドが急増し、厳しいストレスに直面していると述べています。

直近、ヤルデニ・リサーチのエド・ヤルデニ氏のコメント、AIの進化に伴う「情報のデフレ」が話題でした。ヤルデニ氏はクレジット市場が、AIが誰でも簡単にコーディングできる世界をもたらしたことで、これまでプライベートクレジット市場が巨額の融資を行ってきた「ソフトウェア企業」や「SaaS企業」のビジネスモデルが根底から崩れ去ろうとしている・・・ことを指摘しています。「ソフトウェア企業が倒産する際、ローン返済に充てられる資産(担保)がほとんどない」と極めて重要な警告も発しています。最良の時代に作られた最悪の融資が、AIによる担保割れによって破裂、これこそ、注視すべきクレジット市場の「炭鉱のゴキブリ」なのではないか?と思うのです。


これまでの市場の見解と違うところ(パラダイムシフト)

ここまでの事実を踏まえ、従来の市場のコンセンサスと、現在水面下で起きている現実との「ズレ」を見て行くと、、、
①原油高は米国経済にとって「純利益」であるという事実これまでの常識では、原油高=世界経済の減速=米国株の下落、でした。しかし、現在の米国は世界最大の産油国であり純輸出国です。ホルムズ海峡の封鎖による原油高は、主要輸入国である欧州、日本、台湾、韓国に甚大なダメージを与えますが、米国にとっては(少なくとも相対的には)純利益となります。これが、足元でドルが上昇し、米国株が欧州やアジア株(特に韓国や台湾)に比べて底堅く推移している最大の理由です。
②テクノロジーから「物理(HALO)」への歴史的逆転AIブームにより、市場の資金は長らく「マグニフィセント・セブン」をはじめとする巨大テクノロジー企業に一極集中していました。しかし、AIインフラ構築のための莫大な設備投資が各社のフリーキャッシュフローを圧迫し始めています。その結果、現在の市場では歴史的な逆転現象が起きています。ウォール街が指摘するように、現在「資産集約型の米国産業株が、資産効率の高いテクノロジー企業よりも高い株価収益率(PER)プレミアムで取引されている」のです。AIによる「情報のデフレ」からも、地政学的なサプライチェーンの分断からも逃れられるのは、代替不可能な「物理的アセット(重厚長大インフラ、防衛、エネルギー等)」しかないのではないか・・・?
③イラン戦争の着地点:「短期決着」から「長期的な兵糧攻め」へ市場は当初、この紛争が数週間で終わる短期的なイベントだとタカをくくっていました。しかし、米軍のレーザー兵器やドローン網による海峡の物理的封鎖と、UAEによる金融封鎖が長引くにつれ、これは中国のサプライチェーンを締め上げるための「長期的な兵糧攻め」であることが明白になってきました。

投資戦略:投資家はこの荒波の中でどこにビューポイント(視座)を置くべきでしょうか。

ポイント1:「秩序ある移行(ソフトランディング)」は可能か?現在、ウォール街では意見が真っ二つに割れています。
•楽観派(地政学・マクロ専門家):トランプ政権の海上保険介入などにより原油価格は沈静化し、AIインフラや物理的アセット(HALO銘柄)への資金ローテーションを通じて、米国経済は新たな成長軌道へ秩序ある移行が可能だと信じています。
•悲観派(クレジット専門家):エネルギー封鎖がFRBの利下げを封じ込め、そこにAIによるソフトウェア企業の担保価値崩壊が直撃すれば、新たな秩序ができる前にプライベートクレジット市場という「砂上の楼閣」が崩壊し、金融システム全体への信用収縮が先に来ると主張します。
現実には、この「物理の再構築」と「情報の崩壊」が同時に進行しています。だからこそ市場は、強烈なインフレ懸念と、AIインフラへの熱狂、そしてクレジット不安の間で激しく乱高下しているのです。
ポイント2:「街に血が流れている時に買えるか?」WSJのコラムが引用したロスチャイルドの格言「街に血が流れている時に買え」が、今の相場心理を的確に表しています。歴史的に見れば、戦争や地政学ショックによるパニック売りは、最終的には安全資産への逃避(金利低下)を引き起こし、絶好の「押し目買い」のタイミングとなります。重要なのは、市場の混乱がさらに悪化する兆候に怯え、買いが早すぎて損失を抱えたり、逆に反発を逃したりしないよう、「どこでスイッチを押すか(気合を入れるか)」です。

【結論】専門家たちが真っ向から対立する中で、唯一全員が共有しているコンセンサスがあります。それは「低金利・カネ余りの時代は二度と戻らない(金利は下がらない)」ということ、そして「無価値になる情報(ソフトウェア)から、代替不可能な物理(HALO銘柄・重厚長大・Japan Premium)へ資金を逃避させるしかない」という一点です。

『ザクとは違うのだよ、ザクとは!!※』
担保を持たない脆弱なソフトウエア企業、AIデータセンターのタービン・防衛インフラを物理的に握るキャタピラーの様なHALO銘柄を同列に語ることは出来ません。まさに量産化で性能がデフレの様に・・・と言う事ではないのですが、『ザク(将来価値が棄損する)とは違うのだよ、ザクとは!!』と言わんばかりのプレミアムが重厚長大産業に付与される時代が来たのかもしれません。

今週もボラティリティの高い展開が予想されますが、目先のニュースの見出し(ブラックロックの些末な解約制限や、一時的な原油高のノイズ)に振り回されることなく、この「大きな絵(対中包囲網の完成と、情報から物理への資本移動)」を念頭に置き、したたかに押し目を拾うタイミングを見極めていくことが肝要です。
※劇場版機動戦士ガンダムII 哀・戦士編より

桜が満開になる頃には、我々のポートフォリオにも春が訪れるよう、しっかりと現実と向き合っていきましょう。今週もよろしくお願いいたします。


著者プロフィール

大山季之

大山季之

松井証券マーケットアナリスト。1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。


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