AIが「食う」もの、物理(フィジカル)が「守る」もの――K字型の深淵で掴む勝機
マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。
【今週のコラム要約】
- AI捕食者への過剰な懸念と「選別」の残酷さ:AIが既存ビジネスを「食い散らかす(eats something)」という恐怖から、金融やオンライン旅行セクターで過敏な売りが先行。
- 100年債とデルタ航空が示す「実体資産」のモート:アルファベットの歴史的な100年債発行や、デルタ航空のプレミアム戦略の根底にあるのは、知能を支える「物理的インフラ」への執着。
- ROIのスピード感を巡る「マグ7」の明暗:日本時間2月26日早朝に開示されるエヌビディア決算を控え、投資家はAI投資をいかに早く「実利」に変えられるかという速度で企業を選別。
「AI eats something, NEXT」の恐怖と、物理(フィジカル)への回帰:K字型の深淵で選別される勝者の条件
市場は今、「情報の仲介」から「物理的な執行」へと価値の軸足を移し始めている。
AIがテレポートできない「人類の移動」や「整備」という実体価値が再評価されている。
K字型経済の「上側」を握り、物理的な収益化を急ぐ勝者たちの独壇場が続く。
1.嵐の前の静寂と「AI捕食者」の出現
先週の米国市場は、まさに「AI eats something, NEXT(AIが次に何を食うか)」という恐怖とパニックに支配された一週間でした。NYダウが一時500ドル超の急落を見せ、S&P500やナスダックが神経質な動きを見せた背景には、単なる利下げ観測の後退(雇用統計や1月CPIのホットスポット)以上の、構造的な「破壊への恐怖」があります。
市場は今、かつてないほど「選別」に対して残酷です。AIが代替可能な「情報の移動」や「定型的な仲介」で稼いできたセクターが、次々と狙い撃ちにされています。金融、資産運用、法務データ、そして先週末に直撃を受けたオンライントラベルエージェンシー(OTA)。エクススペディア(EXPE)が6%超も叩き売られたのは、AIエージェントが旅行者のコンシェルジュとなり、ホテルと直接「情報のやり取り」を完結させてしまうことで、従来のプラットフォームが「中抜き」されるリスクを過剰に意識したからです。
投資家は今、「まず売り、後で質問する(First sell, then ask questions)」という極端な防衛モードにあります。しかし、この「懸念の壁」の向こう側にこそ、真の機会が隠されています。
2.奥武蔵のトレイルで再確認した「フィジカル」の参入障壁
このマーケットの喧騒を離れ、私は先週末、西武秩父線の高麗駅から吾野駅まで、約19kmのトレイルを走り抜けました。獲得標高1379m。日和田山から北向地蔵、そして関八州見晴台へと続く道は、ここ数ヶ月ロード(舗装路)ばかりを走っていた私の脚に、強烈な「実体の重み」を思い出させてくれました。
トレイルランニングは、AIには決して代替できない「物理的執行」の世界です。どれほどバーチャル技術が進化し、AIが最適な足運びを提示したとしても、実際に急勾配を登り、泥を蹴り、自らの筋肉で体重を支える「脚力」がなければ、標高800mの絶景には辿り着けません。
この「フィジカルな足腰」こそが、今の投資戦略の核心です。マーケットが「AIという知能」の進化に怯える一方で、私は「物理(フィジカル)」への回帰に勝機を見ています。
関八州から下り、仲間と囲んだ「平九郎茶屋」の猪鍋。女将さん手作りの秘伝味噌でいただく猪肉は、独特の噛み応えと野趣に溢れ、一人前2000円という価格以上の「生きるエネルギー」を与えてくれました。この「そこに行かなければ味わえない体験」や「物理的なアセット」を持つ企業こそが、AIという捕食者から身を守る最強の鎧(モート)を纏っているのです。
3.デルタ航空(DAL):テレポートできない人類のラストワンマイル
その代表例がデルタ航空(DAL)です。AIがどれほど進化しても、人間をA地点からB地点へテレポートさせることはできません。情報の移動はコストゼロに近づきますが、肉体の移動には依然として莫大な物理的エネルギーと信頼されるインフラが必要です。
デルタは、K字型経済の「上側(プレミアム層)」を完全に囲い込む戦略に舵を切りました。価格弾力性が低く、ここぞというディールや一生の思い出のために「対面」を重視する富裕層。彼らは、AIが提供する「安価な情報」よりも、デルタが提供する「確実で快適な物理的移動」に高い対価を払います。アメックスとの提携で年間82億ドル(約1.2兆円)を稼ぎ出し、他社の機体を直す整備事業(MRO)を収益の柱に据えるその姿は、航空会社という皮を被った「フィジカル・プラットフォーム企業」です。LCC(格安航空)がKの下側で価格競争の泥沼に沈む中、デルタは「物理の希少価値」を利益に変えることに成功しています。
4.アルファベットの100年債:数学が解き明かす「17年の真実」
先週、マーケットを驚かせたもう一つのニュースが、アルファベット(GOOGL)による200億ドルの巨額起債、特にその中の「100年債(センチュリー・ボンド)」の発行です。「100年後にGoogleは存在するか?」というセンセーショナルな問いにメディアは沸きましたが、プロの視点は異なります。
今回、私が最も注目したのは、その「回収期間(ペイバック)」の数学的合理性です。6.125%というクーポン(利率)で計算すれば、元本回収は約17年で完了します。つまり、投資家は「100年間の存続」に賭けているのではなく、最初の20年足らずで元本を回収し、その後の80年間を「無料のオプション(利息)」として享受する設計に乗っているのです。
アルファベットが17ものトランシェ(通貨×年限)に細かく分けてまで資金を吸い上げたのは、AIというバーチャルな知能を支えるための、圧倒的な物理インフラ(データセンターや自社製チップ)を構築するためです。彼らは知っています。知能を支配するためには、それを格納する「物理的な器」を誰よりも早く、強固に築かなければならないことを。保険会社がこの債券を買い漁ったのは、Googleが「国家レベルの物理インフラ」としての地位を確立しつつあることへの、究極の信頼の証左です。
5.Amazon vs Google:ROI(投資回収)を巡る残酷な選別
ここで、同じハイパースケーラーであるアマゾン(AMZN)との対比が鮮明になります。
米国市場でアマゾンが売られたのは、2000億ドル(約30兆円)という巨額の設備投資(Capex)に対して、市場が「重荷すぎる」と懸念を抱いたからです。
アマゾンの「物理」は物流網という巨大な人海戦術を伴います。インフレと人件費の影響をまともに受けるこの領域は、AIによる効率化の恩恵が出るまでに長いタイムラグ(Time Lag)があります。一方で、グーグルの「物理」はデータセンターという垂直統合された計算基盤です。これは即座にクラウド収益や検索広告の精度向上という「デジタルな高利益」に変換されます。今の市場は、単なる「大きな投資」ではなく、「物理をいかに早く、高単価なキャッシュフローに変えられるか」というROIのスピード感を血眼になって探しているのです。
6.義父とAIの「ジジ殺し」:人間とAI(人工知能)のシナジー
日曜日の夕刻、義母のバースデーを祝うために、大阪「美々卯」のうどんすきを囲みました。若竹や里芋のホクホクした食感に春の訪れを感じながら、話題は「高齢者とAI」に及びました。
私の義父は85歳になりますが、元外資系のITマンということもあり、非常にテッキー(ITリテラシーが高い)です。週3回の人工透析を受けている彼は、自らの健康状態や透析の最新知見をAIと「壁打ち」しています。驚いたのは、AIが提示する回答の精度と、その「寄り添い方」です。義父が丹精込めて作り上げたプラモデルの写真を読み込ませると、AIは「85歳でこれほどの手先の器用さを維持されているのは驚きに値します」と、心憎いまでの称賛を贈ります。これには義父も「棺桶に持っていく」と上機嫌でした。まさに「ジジ殺し」のAIです。
このエピソードは、先週の市場が恐れた「AIによる破壊」とは正反対の未来を示唆しています。AIは、医療や税務といった複雑な情報を整理し、人間に寄り添う「最高のパートナー」になり得ます。確定申告の書類を数秒で読み解くその能力は、確かに「情報の右から左への移動」で稼いできた中抜きのブローカーを淘汰するでしょう。しかし、それによって生み出された時間は、プラモデル作りや猪鍋を囲む団欒といった、「人間にしかできないフィジカルな活動」をより豊かにするために使われるはずです。
7.K字型の底辺で起きている社会実験:ウェンディーズとトライアン
一方で、K字型の下側に目を向けると、ウェンディーズ(WEN)の苦境が象徴的です。既存店売上高の10%超の減少。価格に極めて敏感で、ロイヤリティの低い客層を相手にするビジネスがいかに困難であるかを物語っています。
ここで注目すべきは、大株主のアクティビスト、トライアン(ネルソン・ペルツ)の存在です。彼らはかつてGEにメスを入れ、解体と再編を通じて価値を再定義したプロの「料理人」です。価格弾力性が高く、インフレに喘ぐ「Kの下側」の消費者を相手に、彼らがどのような抜本的な改革を仕掛けるのか。これは、格差社会における「低価格・高頻度ビジネス」の存続可能性を占う、極めて重要な社会実験です。
ビクトリアズ・シークレット(VSCO)の例を出すまでもなく、この「Kの下側」の定点観測こそが、マーケットの本当の体温を測るために欠かせません
結び:2月26日の号砲を待つ
今週のマーケットは、ウォルマート(WMT)の決算やGDP改定値、そしてFRB理事マイケル・バーによる「AIと労働市場」の講演に注目が集まります。
しかし、最大の焦点は、日本時間2月26日早朝に開示されるエヌビディア(NVDA)決算であることは間違いありません。マイクロソフトの「買掛金」が、そのままエヌビディアの「売掛金」になるという鏡の関係。「AI eats something, NEXT」という恐怖の正体が、実は「圧倒的な収益力の裏返し」であったことが証明されれば、それは再び「フィジカルな計算基盤」を持つ勝者たちの独壇場となるでしょう。
先週の市場が露呈した「懸念」は、実体のない企業にとっては「壁」ですが、デルタ航空やキャタピラー、あるいはAIを即座に収益化できるアルファベットのような企業にとっては、さらなる飛躍のための「踏み台」に過ぎません。
「まだだ、たかがメインカメラをやられただけだ!※」
一部のソフトウェアや仲介業という「表面」がAIに侵食されても、事業の「体幹」さえしっかりしていれば、この嵐は絶好の買い場となります。トレイルランで得たパンパンの脚の張りを心地よく感じながら、今週も自らの脚で、この激動のマーケットを走り抜いていこうと思います。
皆様、今週もどうぞよろしくお願いいたします。
※機動戦士ガンダムIIIめぐりあい宇宙編より