AIは投資をどのように変えるのか
2024年9月20日
株式市場ではAI(人工知能)の拡大に対して、懐疑的な見方が少しずつ広がっているようだ。エヌビディアを筆頭としたAI関連銘柄が主導する「AI相場」は曲がり角を迎えているようにもみえる。ある特定の投資テーマに対する過剰な期待は「hype(ハイプ=誇張)」などと表現され、いったんは失望によって調整しても、いずれ適正な評価に落ち着くことが多い。短期的なマーケットの動向を占うのは正直、難しいが、長期の視点でみれば、人類がAIと共生していく社会は実現に向けて進んでいくと考えるのが妥当だと筆者は考える。もちろん、投資の世界においても、例外ではないだろう。
ChatGPTに聞いてみると…
「AIは投資をどのように変えますか?」。AIチャットボットのChatGPTに尋ねてみた。
AIは投資の世界に大きな変革をもたらしています。以下は、AIが投資に与えている主要な影響です。
1. データ分析の自動化と高度化
2. アルゴリズム取引(自動取引)
3. リスク管理とポートフォリオ最適化
4. 予測モデルの向上
5. パーソナライズされた投資アドバイス
6. コスト削減
7. 新しい投資機会の発見
AIの進歩はインデックス運用をより有利に?
ChatGPTの回答から得られる筆者なりの感想をまとめたい。AIの普及によって、世の中に存在する多くの情報が、今以上にすぐに株価などに反映されるようになるだろう。回答の「1. データ分析の自動化と高度化」と「7. 新しい投資機会の発見」はまさにそうしたことを示している。
インデックス運用の優位性を補強する考えに「効率的市場仮説」というものがある。この考え方に基づけば、世の中のすべての情報は瞬時に株価に反映される。そこでは、どんなに頑張って情報収集し、銘柄を分析しても、公正価値(フェアバリュー)よりも割安で放置されている銘柄を見つけることはできず、アクティブ運用は市場に勝つことができない。
もちろん、完全に効率的な市場などあり得ない。そこで、実際に「市場がどの程度効率的か」については、上の図の3段階で示されることが多い。AIが過去の株価の値動きや経済指標、業績だけではなく、SNSで交わされている情報や口コミサイトでの評判などのほか、「オルタナティブデータ」と呼ばれる多種多様な情報も活用するとしよう。結果、インサイダー取引さえ無意味にする「ストロング型」の効率的市場に近づいてくる可能性はある。そうなってくると、今以上にアクティブファンドが市場に勝つことが難しくなり、インデックスファンドが有利になると考えられる。
AIによる運用が広まることで、皮肉にも、AI自体がベンチマークに対する超過収益を稼げなくなるということだろうか。しかし、そこまで単純ではなさそうだ。市場が効率的になっても、情報が価格に反映されるまでのタイムラグがまったくなくなるというのは想像しづらい。「2. アルゴリズム取引(自動取引)」にある「ミリ秒単位での高速取引」によって、細かい収益機会を数多く積み重ねることで、リターンを稼いでいくこともあり得る。
また、今年8月に起きた株式相場の乱高下の要因の1つに、CTAなどトレンドフォロー(順張り)型ヘッジファンドの存在が取り沙汰された。これらの多くはシステムによる運用だ。言葉の選び方は難しいが、AIは市場を意図的にゆがませることで無理やり収益機会を作るように仕向ける可能性もある。いや、筆者が不勉強なだけで、このあたりはもうすでに一部、現実のものとなっているようにも思える。
人間の感情は資産運用の敵か?
次に、ChatGPTの回答から気になる文言を拾ってみる。「2」にある「トレーダーは感情に左右されず、一貫した投資戦略を実行できるだけでなく、最適なタイミングで取引を行うことができます」という部分だ。
確かに人間の感情は資産運用の邪魔になることが多い。例えば、考えてもあまり意味のない過去の買い値に執着してしまい、損切りができないなど、合理的な投資行動を阻害する「サンクコスト効果」が有名だ。感情は時に資産運用の敵になる。だからこそ「行動ファイナンス」という研究分野が存在しているともいえる。以下、感情が投資行動に与える影響を列挙してみた。
確かにAIは人間ではないので、こうした行動の歯止めにはなる。ただし、人間の感情は常に資産運用の敵だともいえないのではないか。例えば、「この会社はこれからの社会で伸びていきそうだ」という感覚はファンドマネジャーが実際の生活で感じた「喜び」や「怒り」、「驚き」が出発点になっている面が大きいのではないか。
回答「7」には「新しいトレンドや成長分野を早期に把握することが可能になります」という文言があるが、AIが仮に成長分野を早期に把握することを可能にするとしても、結局のところ、過去の経験則の応用に過ぎず、限界があるだろう。その点、AIが進歩しても、資産運用においては当面、人間が介在する余地があると考えるのが自然だ。
しかし、遠い未来にAIがそうした人間の感覚すらも身に着けて、人間のファンドマネジャーにとって代わる存在になる可能性はないだろうか。
感情を持つAIファンドマネジャーと戦う未来
そうなると「AIは感情を持てるのか」という、とても筆者の手に負えない壮大なテーマに足を踏み込む必要がでてくる。ChatGPTに聞いてみると「AIは感情を持つことができません」と断定的な回答。念のため、さまざまな書籍もあたってみた。すると、AIが「生命」を持つことがあれば感情を持つことはあり得る、とも読める解説に遭遇した[1]。また、ロボットが感情を持つ可能性について言及している書籍もあった[2] 。
命の危険を感じれば「恐怖」を覚える。自分の生活を豊かにしてくれることに直面すれば「喜び」を感じる。限りある生命があるからこそ、感情が存在するのかもしれない。感情はいわば生命維持に必要な「センサー」の側面もある。
それでは「感情を持つAIファンドマネジャー」は夢のある話なのか。
ある小説のことを思い出した。カズオ・イシグロが2021年に発表した「クララとお日さま」(日本語訳版は早川書房が発行、土屋政雄訳)はAIを搭載したAF(人工親友)のクララが主人公だ。AFの生命維持に必要な太陽光が人間の命にも絶対に欠かせないものだと勘違いし、病弱な親友の女の子のために奔走する。そこには人間特有の「優しさ」が垣間見えるものの、正確な人間の理解には至っていない。AIが感情を習得する可能性はあるとしても、人間の持つそれとは違う形で構築される可能性もあり、必ずしも人間の役に立つものとは限らないだろう。
「AI特有の感情とどう戦っていくか」――。それが未来の資産運用において重要なテーマになっているのかもしれない。
<参考文献>
- 菊地正典「半導体産業のすべて 世界の先端企業から日本メーカーの展望まで」(ダイヤモンド社、2023年)234ページを参照
- 源河亨「感情の哲学入門講座」(慶応大学出版会、2021年)第7章101~116ページを参照
角田康夫「行動ファイナンス入門 なぜ「最適な戦略」が間違うのか?」(PHP研究所、2009年)
小林孝雄「市場の効率性:ファーマから35年」(証券アナリストジャーナル2006年10月号)
海老澤 界(えびさわ かい)
松井証券ファンドアナリスト
投資信託を多面的にウォッチし、豊富な投信アワードの企画・選定経験から客観的にトレンドを解説
<略歴>
横浜国立大学経済学部卒業後、日刊工業新聞記者を経て格付投資情報センター(R&I)入社。年金・投信関連ニューズレター記者、日本経済新聞記者(出向)、ファンドアナリストを経て、マネー誌「ダイヤモンドZAi」アナリストを務める。長年、投資信託について運用、販売、マーケティングなど多面的にウォッチ。投信アワードの企画・選定にもかかわる。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。