「AIはバブルか」に対して、誠実に回答する!【前編】
S&P500の予想PERはITバブル期と同水準
現在のAIブームについては、1990年代後半のITバブル(ITブーム)と重ねて論じる向きが多い。それぞれの出発点となるエポックメイキングな事象といえば、ITブームは1995年8月の「Windows95」の発売(日本での発売は11月)、AIブームは2022年11月の「ChatGPT」の一般公開だ。1995年末と2022年末を起点として、S&P500の値動きを重ねてみたのが以下のグラフだ。
ITブーム(バブル)期とAIブーム期のS&P500の推移
(出所)QUICKのデータを元に松井証券作成。期間:ITブーム(バブル)は1995年12月末~2003年12月末、AIブームは2022年末~2025年12月8日 日次
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このようにみると、現在のAI相場はITバブル期と同じ道を歩んでいるようにも見える。別の角度でも見てみよう。株価は「利益×PER(株価収益率)」という掛け算で表すことができる。端的に言えば、利益は「実力」であり、PERは「期待」だ。バブルは「期待」の部分が不自然なほど大きくなった状態であり、その度合いはPERで測るのが妥当だ。S&P500の予想PERの推移を長期のグラフで示してみた。
S&P500の予想PERの推移
(出所)ブルームバーグのデータを元に松井証券作成。予想PERは12カ月先予想PER。期間:1995年12月末~2025年11月末 月次
確かに足元のPERは、1990年代後半のITバブル期とほぼ同じ水準にある。ちなみに2020年の新型コロナ禍でもPERは急拡大しているが、PERの分母である企業の利益(1株当たり純利益=EPS)が小さくなったことが主因とみられるため、この時期は例外と捉えてよいだろう。
PERがITバブル期に近いことをもって、AIブームがバブルに近づいていると解釈することに、反論する声もある。現在の米国株式市場は「マグニフィセント7」をはじめとする少数の巨大グロース銘柄の比率が大きい。それらが米国株全体のPERを押し上げている構図が鮮明で、1990年代のITバブル期と単純に比較することはできないというものだ。
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筆者は、こうした主張は説得力に欠けると考えている。なぜなら、少数の巨大グロース企業、それもAIに対する期待が大きい企業が占有している今のマーケットの状況そのものが、AIに対する過剰な期待が拡大していることを示す証左ともいえるためだ。むしろ、少数の巨大銘柄にその期待が集中しているということは、レピュテーションリスクなど他の問題を大きくしている面もあるだろう。
もっとも、「現在のPERは巨大グロース企業が押し上げている」という事実はAIバブル相場に対して、どのように向き合っていくかという点で1つの示唆を与えてくれる。そのあたりは後編で詳しく書きたい。
「益利回り」と長期金利はほぼ同水準
PERをより精緻に分析するならば、金利との関係も考慮すべきだろう。PERの逆数(1÷PER)を「益利回り」という。株価に対するEPSの割合のことだ。米国株の場合、米国の長期金利(10年国債利回り)と比べられる場合が多い。PERが大きくなれば、益利回りは小さくなる。場合によっては、リスクのある株式の益利回りよりも、ほぼ無リスクの10年国債利回りの方が大きくなるケースもある。
S&P500の益利回りと米長期金利の推移
(出所)ブルームバーグのデータを元に松井証券作成。「S&P500益利回り」は上のグラフの予想PERの逆数。期間:1995年12月末~2025年11月末 月次
先ほどのS&P500の予想PERの逆数をシンプルにS&P500の益利回りとし、米10年国債利回り(長期金利)と比較したのが上のグラフだ。確かにイールドスプレッド(益利回りー長期金利)は、マイナスになっていた1990年代後半から2000年代前半の水準までは達していない。しかし、昨年末以降、益利回りと長期金利がほぼ同水準(イールドスプレッドがゼロ近辺)の状況が続いている。つまり、ITバブル期に近い状況とはいえる。
ITバブル当時、米連邦準備理事会(FRB)は利上げを続けていた。足元の動きをみると、12月の連邦公開市場委員会(FOMC)で、3会合連続の0.25%の利下げを決めている。当時と今では金融政策の状況は異なるといえよう。もっとも、パウエル議長は今後の利下げについては、いったん、停止する姿勢も見せている。うがった見方をすれば、次の利下げはAIバブル崩壊による調整が引き金になる可能性も否定できない。
市場関係者がどう考えているかも確認しておこう。米バンク・オブ・アメリカの11月の機関投資家調査によると、「AIバブル」を最大のテールリスクに上げる投資家の割合は45%にのぼり、10月(33%)から上昇している(11月20日付の日本経済新聞電子版より)。
「AIバブル」は意識すべき!
以上の現状認識の元、「AIはバブルか」という問いに対する筆者の答えを示したい。「分からない」。これが本音だ。ああでもない、こうでもない、と思いを巡らすことはできるもののキリがない。しかし、「バブルの可能性は十分あるので意識しておくべきだ」というのははっきりと言える。「答えになっていない」とツッコミが入るかもしれないが、正直、それが最も誠実な回答だと思っている。
もちろん、「現在のAI相場はバブルか否か」という白黒つける議論を否定するつもりは一切ない。活発な議論から見えてくるものは多いだろう。ただ、投資は「不確実性との戦い」である。結局のところ、これから何が起きるかは誰も分からない。大きな調整の可能性がある程度認められ、多くの人がその認識を共有しているのであれば、そのことに対する備えを優先すべきではないか。少なくとも、「バブルではない理由」を無理やり探すよりも建設的だろう。
「こうなりそうだ」ということを考えるのは投資の醍醐味の1つである。しかし、将来が不確実である以上、特定のナラティブに過度に期待するのは必ずしも優れた投資とはいえない。投資信託は「分散することで不確実性に対処する」ことを設計思想の根幹とする金融商品だ。もちろん、ファンドにも色々な役割があるので、異論もあるだろう。ただ、投信を通じた資産形成をしているのであれば「バブル崩壊による調整の可能性を意識して行動する」というのは基本スタンスとして至極真っ当ではないか。
それではどんな姿勢でAI相場に立ち向かっていけばよいのか。後編で具体的に考えてみたい。
海老澤 界(えびさわ かい)
松井証券ファンドアナリスト
投資信託を多面的にウォッチし、豊富な投信アワードの企画・選定経験から客観的にトレンドを解説
<略歴>
横浜国立大学経済学部卒業後、日刊工業新聞記者を経て格付投資情報センター(R&I)入社。年金・投信関連ニューズレター記者、日本経済新聞記者(出向)、ファンドアナリストを経て、マネー誌「ダイヤモンドZAi」アナリストを務める。長年、投資信託について運用、販売、マーケティングなど多面的にウォッチ。投信アワードの企画・選定にもかかわる。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。