新興国株投資の「これまで」と「これから」
インド株型が新興国株型全体の7割に
新興国株投信について、2025年4月末時点における純資産総額をタイプ別に並べた。圧倒的に規模が大きいのがインド株型で、新興国株投信全体のちょうど7割を占める。次に多いのが複数地域の新興国株に投資するタイプで約2割を占める(「MSCIエマージング」などの指数への連動を目指すインデックスファンドもこの中に入れている)。以降、アジア複数国の株式に投資するタイプ、ベトナム株型、中国株型と続く。この5タイプで純資産総額は全体の98%程度を占める。
新興国株投信のタイプ別純資産総額ランキング(2025年4月末)
順位 | タイプ | 純資産総額 (25年4月末、億円) |
新興国株型に 占める割合 |
本数 (25年4月末) |
---|---|---|---|---|
1 | インド | 33,636 | 70.0% | 53 |
2 | 新興国複数地域 | 9,046 | 18.8% | 71 |
3 | アジア複数国 | 2,233 | 4.6% | 43 |
4 | ベトナム | 1,231 | 2.6% | 15 |
5 | 中国 | 1,121 | 2.3% | 40 |
6 | ブラジル | 317 | 0.7% | 9 |
7 | インドネシア | 159 | 0.3% | 5 |
8 | 東欧複数国 | 127 | 0.3% | 6 |
9 | ラテンアメリカ複数国 | 49 | 0.1% | 2 |
10 | トルコ | 35 | 0.1% | 1 |
(出所)QUICKのデータを元に松井証券作成。ETF、ラップ口座・SMA専用、DC専用を除く追加型公募株式投信が対象。中国株型は香港を投資対象とするものも含む。
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もっとも、過去にはいろいろなタイプの新興国株投信が人気を集めた。下のグラフは、新興国株投信について、タイプ別に純資産総額の推移を示したものだ。当初のBRICs構成国の一角であるブラジル、ロシアの株式に投資するタイプも2000年代から2010年代初めにかけては一定の人気を保っていた。ブラジル株型は最も多い時で純資産総額の合計が8000億円を超えていたし、ロシア株型も1000億円に迫った時期があった。

ロシア株・ブラジル株の投信が辿った道
2010年前後はロシア株投信のマーケティングに力を入れる運用会社が目立った。ロシア株投信のテレビCMも放映されていたし、ペレストロイカを率いた旧ソ連初代大統領、ミハイル・ゴルバチョフ氏をゲストに招いたセミナーを開催する運用会社もあった。運用会社の招待でロシア現地の取材に行ったメディアの人の話も聞いたことがある。
2000年代に高成長を遂げたロシア経済だが、2010年代に入っても、原油の輸出に依存する経済の構造は変わらず、成長は鈍化した。政治は権威主義の色を一層強め、2014年のクリミア併合などによって国際社会との軋轢も強まっていく。2022年のウクライナ戦争の開始でほとんどのロシア株は時価が算出できない状況となり、基準価額は急落。4月末時点でみると、過去10年の下落率が90%近いファンドもある。今、ほとんどのロシア株投信は売買の受付を停止中だ。
ブラジルについてはそのような地政学リスクが襲うことはなかったものの、ロシアと同じように2010年代に入ると経済成長は失速した。左派政権によるバラマキ政策による財政赤字が膨らみ、インフレが加速。景気減速と通貨安が同時に進んだ。結果的に、日本のブラジル株投信の運用成績は悪化した。現存するブラジル株投信の中には、4月末時点の過去10年のリターンがマイナスのファンドもあるなど、長期投資が報われない状況となっている。

ほかにも、ひっそりと姿を消した新興国株投信は数知れない。IMF(国際通貨基金)の推計で2024年に一人当たりGDP(国内総生産)で日本を抜いた韓国や台湾の株式ファンドもかつては存在したが、すべて償還されており、現存しない。韓国株型は「コリア・ディスカウント」と呼ばれる慢性的な株価の低評価に苦しみ、目立った成果もあげられずに短命に終わったファンドも多い。タイ、マレーシア、エジプト、南アフリカの株式ファンドもかつては存在したが、今は1本もない(ETFを除く)。いわゆる「中所得国の罠」にはまり、成長がストップしてしまった国が多いことも関係しているだろう。
生産年齢人口が増えるインド・ベトナム、減る中国
過去を振り返っても分かるように、新興国株への投資は一筋縄ではいかない面がある。それは今、人気のあるインド株やベトナム株の投信についても当てはまるのではないか。ここからは、インド、中国、ベトナムに絞って、今後を占ってみたい。
人口動態面をみれば、インドとベトナムは生産年齢人口が増え続けている。一方、中国は減少に転じようとしている。ただ、イノベーションという面では、「ディープシークショック」に象徴されるように、中国は米国との距離を急速に縮めているようにみえる。イノベーション創出のための「インプット」である企業の研究開発支出において、中国は米国を猛追している。
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他にもソフトパワーや地政学リスクなど、考慮すべき面は多いだろう。しかし、ここでは政治制度という別の尺度で考えてみたい。中国は中国共産党による一党独裁である。ベトナムも、唯一の合法政党であるベトナム共産党の一党独裁だ。かたやインドは「世界最大の民主主義国家」であり、選挙を通じて国民が政治に参加する。
国家の発展を分けるのは「制度」という説
2024年のノーベル経済学賞は「社会制度が国家の繁栄に与える影響の研究」に対して与えられた。その内容が把握できるのが受賞者であるダロン・アセモグル、ジェームズ・A・ロビンソン両氏の著書『国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源』[1]だ。そこでは、国の繁栄や衰退は、その国が採用する政治・経済の「制度」に大きく依存するとの主張が展開される。機会が平等に与えられ、誰もが社会参加でき、自由な市場経済のある「包括的」な政治制度、経済制度の中からこそイノベーションは生まれるという。
一方、権威主義がはびこり、自由な市場経済が制限される「収奪的」な政治・経済制度の中には、そもそもイノベーションを生むインセンティブが生まれづらい。支配層が体制転覆につながりかねない破壊的創造やイノベーションに脅威を覚えることもあるためだ。そのような制度の元では、国家主導の一時的な高成長はあっても、持続しない。
同著では、共産党が政治や経済を支配する中国については、かつてのソ連がそうだったように、政治制度が変わらない限り、いずれ成長が活力を失うことを予言している。触れられてはいないが、『国家はなぜ衰退するのか』の論旨に従えば、ベトナムにも同様のことが言えることになるだろう。
「カースト制度」はインド発展の足かせになるのか?
それでは民主主義国のインドは経済の発展が約束されているのだろうか。そこで『国家はなぜ衰退するのか』に続く、アセモグル、ロビンソン両氏の著書『自由の命運 国家、社会、そして狭い回廊』[2]の内容に注目したい。同著は前著の考えを下敷きにしつつ、実際にどうすれば国が成長軌道に乗るのか、その道筋を「国家」と「社会」が相互にバランスよく競い合うことだとしつつ、実現にどれほどの困難が伴うかを、様々な国を例に出しながら丁寧に説いている。
中国のように国家の力が強すぎるのも不適切だし、社会の力(社会規範)が強すぎるのもよくない。国家と社会が競争するように高めあう(「赤の女王」効果)ことで、狭い「回廊」に入ることができ、政治的・経済的・社会的支配に妨げられない真の自由が表れ、国が発展するという。そこではインドの「カースト制度」がもたらす負の影響の説明にも、紙幅が大きく割かれている。「国家」と対峙するべき「社会」の規範であるカースト制度の影響力が強すぎて、長い民衆の政治参加の歴史の中でも、「国家」と「社会」が健全に競い合う形にならなかった点が指摘されている。
なお、同著の話から離れるが、インドでは製造業企業でも上位カースト出身のマネジメント層が製造現場から距離を置くようなことが起きているという[3]。カースト制度はインド政府が力を入れる製造業強化の障壁にもなるかもしれない。生産年齢人口の増加に加え、国民の上昇志向、豊富なIT人材などインドには今後も経済成長を続けていく要素は多い。ただ、カースト制度が抱える根深い問題は、2047年の先進国入りを目指すインドが乗り越えていくべき障壁の1つかもしれない。
もちろん、完璧な国などない。それぞれの国がそれぞれの問題を抱える。インド、中国、ベトナムも様々な課題を乗り越えて、先進国に脱皮する可能性はあるだろう。ネガティブな話を重ねてしまったが、筆者は新興国株への投資はやめた方がよい、ということを言いたいわけではない。社会のダイナミックな変化に伴う経済成長の大きな果実を得られることは新興国株投資の醍醐味だ。ただ、どんな新興国に対しても「長期では成長するだろう」という楽観的な見通しを持つべきではないということは強調したい。
<参考文献>
- [1]『国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源』(上下巻、ダロン・アセモグル、ジェームズ・A・ロビンソン著、鬼澤忍・訳、2013年・早川書房)
- [2]『自由の命運 国家、社会、そして狭い回廊』(上下巻、ダロン・アセモグル、ジェームズ・A・ロビンソン著、櫻井祐子・訳、2020年・早川書房)
- [3]『インド経済の基礎知識(第3版)』(西澤知史著、2019年・日本貿易振興機構)12~15頁を参照

海老澤 界(えびさわ かい)
松井証券ファンドアナリスト
投資信託を多面的にウォッチし、豊富な投信アワードの企画・選定経験から客観的にトレンドを解説
<略歴>
横浜国立大学経済学部卒業後、日刊工業新聞記者を経て格付投資情報センター(R&I)入社。年金・投信関連ニューズレター記者、日本経済新聞記者(出向)、ファンドアナリストを経て、マネー誌「ダイヤモンドZAi」アナリストを務める。長年、投資信託について運用、販売、マーケティングなど多面的にウォッチ。投信アワードの企画・選定にもかかわる。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。