GWスペシャル:豊田自動織機の非公開化報道の件
2025年4月28日
マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。
2025年のGWが始まりました。今年は、(筆者の様に)休暇が暦通りのサラリーマンには厳しいのですが、飛び石で最大11連休を取得する方も多いとか。筆者も4/25(金)の夜に所要あって羽田空港に出かけていたのですが、22時過ぎの空港は大混雑で、聞けば出国ラッシュの日でありまして、確かに出発ロビーは大賑わいでした(私は人をピックアップするのに出かけていただけですが)。
さてGW初日、4/26は日経新聞の1面トップに『豊田自動織機、株式非公開化を検討 トヨタ出資で6兆円規模も』という記事が出て大変驚きました。
個人的にはとうとう動いたか!という感じです。
日本のトップ企業に君臨するトヨタ自動車が、トヨタグループの創業本家・源流企業である豊田自動織機に対し、株式の非公開化に向けた構想を持っていると報じられたのです。翌4/27には「眠れるトヨタ株 再編呼び込む豊田織機、非公開化検討」の記事が報じられ、豊田自動織機が抱えるトヨタ株と、その保有金額が豊田自動織機の時価総額の7割相当で、織機がトヨタグループ企業の株式を多く抱える(束ねる)持ち合い政策株の中心的な企業であることが報じられています。
筆者は2010年まで米系投資銀行、2012年まで英国系投資銀行に勤務していましたが、それ以前からトヨタグループの歪な株式持ち合い状況はいつかメスが入ると思っていましたし、機関投資家にはそのような話をしてきたと記憶しています。実際に年金や投資信託を運用する国内外の機関投資家の多くは、6201豊田自動織機を保有すれば7203トヨタ自動車のみならずトヨタグループを保有したことになると気が付いていました。
先週末の株価をベースにすれば、豊田自動織機のPERは15倍超ですが、政策株を除くと1ケタ台に下がると前述の新聞社は記事の中で述べており、豊田自動織機を保有することで安くグループ企業を掌握できることを伝えていました。
証券会社も銀行も、トヨタグループを担当するバンカー(企業の資金調達やM&A等の活動を支える金融マンの総称)なら1度は豊田自動織機を中心とする歪な資本政策をどうするのか?という提案をグループに行っているハズです。しかし、「今ではない」と跳ね除けられてきたハズです。
しかし最近は、株主が上場企業への関与を一層強めてきました。増配の強要、自社株買いの要請などの株主還元の要求、受け入れない企業に対しては株主提案で取締役選任に反対することもあります。
2024年は東証で上場廃止になった企業が94社で過去最大になりましたが、東京証券取引所は更に“退出”を促すべく、企業に対して「上場していることの意義を再考すること」を促すような動きも出ていますし、「PBR1倍要請」、「決算書類の英文開示」、「有価証券報告書の株主総会前の開示要請」、「(IR専任担当者を配置することを求める)IR体制整備の義務化」など、企業にとって上場していることの手間暇・コストを考えないといけなくなりました。
このまま歪な状態を放置しておくととんでもないことになる・・・とグループが考え始めたのは当然だと思います。今回の報道では、豊田自動織機に対しては、外資系アクティビストが政策持合い解消・親子上場解消を迫り、自社株買いを求めるケースも過去にあったとしています。もしかしたら報道には出ていないような悪質な株主提案を迫るような投資家からのコンタクトもあったかもしれません。
投資家は「利益の最大化」が課せられた命題です。この場合、あるべき資本主義のもとで投資先企業が更なる利益成長のために資本再投下を行い、リスクマネーが循環しながら投資先企業が成長し大きくなることで達成されているなら構わないと思うのです。しかし、日本企業・日本市場は低成長なので上場企業が新たに資本を欲するようなこと、資金調達を行う事が随分減りました。結果的に2023年度のデータになりますが、2023年度は上場企業のエクイティファイナンスは1兆円程度に減額、一方で株主還元は総額30兆円、うち自社株買いは9.5兆円を超えてきて、この数字だけを見ると、投資家によって企業に溜まった利益が「回収」されているという事実が浮かんできます。これはまずいと思うのです。
今回、アクティビストがトヨタを焚きつけてしまったのか、東証の改革が原因なのか、それとも(セブンイレブンの様な)ほか大手企業のMBO・買収スキームが背中を押してしまったのか分かりませんが、強欲な投資家と箸の上げ下げにもうるさい金融当局との間の中で、豊田自動織機が目指す非公開化が日本市場に対して放ったものはそれなりに大きいのではないか?と思っています。
勿論、今回のグループ企業の資本政策に対する懸念点もあります。それは創業家がグループへの支配力を高める可能性です。非公開化が実現すれば、上場企業に課せられるプレッシャーからは解放されますが、Bloombergによれば、わずか0.1%程度しかトヨタ自動車株を持たない創業家のトップマネジメントが豊田自動織機の株主としてグループ各社に影響力を行使できるようになるかもしれない。
今後、新たな資本体制の枠組みの中でガバナンスを効かせ、グループを挙げてROE改善に進めるのかが焦点で、ほか2023年から進めるトヨタ系列各社の持合い会社の継続性も注目です。
最後に、これは個人的な興味関心になりますが、豊田自動織機の非公開化案件が進む場合に於いて、トヨタが何処の投資銀行をパートナーに選ぶのか?大変興味があります。日本を代表する企業のトヨタは、もちろん製造原価にもうるさいと思うのですが、金融の原価計算にも厳しいハズです。非公開化のコスト、スキームなどを吟味して、何処の投資銀行がトヨタのお眼鏡に適う提案をするのでしょうか?
投資銀行の成績表みたいなものが出てくると考えていますが、どこの誰がトヨタのパートナーに選ばれるのか筆者もイチ金融マンとして見ていこうと思っています。

大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。