利下げ開始に向けたカウントダウンが始まる?
ここまでのマーケットの振り返り
株式市場は、欧州各国の政治リスク(極右政党の躍進リスク)に対する過度な警戒が和らいだことに加え、軟調な米国経済指標のアナウンスの結果、米金利が低下、米主要株価指数であるS&P500・Nasdaq株価指数はともに高値を更新しています。
英国選挙は労働党が圧勝、14年ぶりの政権交代が実現しました。新政権は、ブレグジット後のEUとの関係修復を目指すとみられ、(極右勢力の台頭を防いだことで)国際協調路線への軌道修正がとられそうです。また、最も警戒されたフランス国⺠議会(下院)選挙は第2回投票に於いて、左派野党連合が最多議席を獲得して勝利しました(しかし、左派連合、中道・与党、極右どの勢力も過半数に届かないことから、今後は連立政権が本格化することになり、政局は安定せず、政権運営は困難になるとみられています)。
米国マクロは軟調な経済統計の開示が相次ぎました。ISM製造業・⾮製造業景況指数は低下、FRBパウエル議長は講演の場で「最新の経済データがインフレの鈍化傾向を示唆している」と評価した上で、「そうしたデータがさらに続くのが望ましい」と述べています。懸念されていた強い労働市場に関しては、JOLTS求人件数の過去分の下方修正、ADP雇用統計の悪化、雇用統計では雇用者数の伸び・賃金の伸びの鈍化と失業率の上昇が確認されることになり、FRBが9⽉にも利下げに動くとの観測が⾼まりました。
6月26日のコラム『イベントとイベントの谷間で・・・』で、発表された経済指標が事前の市場予想を下回る “ネガティブサプライズ” 状態が発生し、サプライズインデックスはマイナス圏に突っ込んだままとお伝えしました。そしてアップデートしたものがこちらです。
経済統計の悪化でサプライズインデックスはマイナス圏に沈み、金利低下、株高に振れています。
パウエルFRB議⻑は「(最近のインフレ指標について)インフレが再び鈍化傾向をたどっていることを⽰唆している」とした上で、「当局者らは利下げに動く前にさらに多くのデータを⽬にしたい考えだ」と発⾔しているだけに、今後の物価統計でインフレ鈍化が⽰唆されれば、市場ではFRBが9⽉にも利下げに踏み切るとの⾒⽅が “一層強まる” ことが予想されます。
シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)が算出する政策金利の変動の予想確率は、9月FOMCにおける利下げ確率は1週間前比で約15%程度上昇することになっています(先週末時点)。
これは注目できるな・・・と思ったこと
一つ目は、先週発表された6月FOMCの議事録です。
議事録には、様々な小売業者が価格設定を下げてきているというのもある、という指摘がありました。
コロナ以降は企業の製造原価が上がり、販売価格も上昇しました。価格転嫁が進んだのです。しかし消費者の「インフレ疲れ」の影響もあり、インフレを踏まえた企業の値上げラッシュが一服?という指摘がありました。
『企業からのヒアリングやデータなどから見ると、価格決定力が企業からやや離れてきているように見受けられ、その背景には顧客の価格上昇への忌避や、経済活動の鈍化、今後の経済見通しの弱気化などがある』ということで締めています。
今後4-6月期の企業決算発表が相次ぎますが、
①これまでの様に値上げが出来なくなった後でも、販売数量増加で売上げ増加を示すことができるのか
②製造原価が上昇しても利益を確保することができるのか?(利益の確保のためにリストラに踏み切ってくるのか?)
という点に注目したいと思っています。
話が前後してしまうのですが、開示されたJOLTS求人件数と雇用統計を上記のFOMC議事録の観点を加味しながら見てみると、少し警戒も必要かもしれない・・・と言う事も分かってきます。
一般的に雇用に関しては、JOLTS求人件数が減ると失業率が上昇するという曲線が描けます。
求人件数は2022 年 3 月には 1200 万件 を上回りましたが、足元は 814 万件と 400 万件ほど減少しています。一方この間に失業率は 3.6 から4.1%と小幅な上昇にとどまっています。
これまでの求人件数の減少では、企業は過大な求人を減らしただけで、人員調整(失業率の上昇)を見送っていたのではないか?と考えることができるはずです。
今後、景気が悪化すれば(売り上げが伸びなくなれば)、企業は求人のみならず「実際に雇用を調整する必要に迫られ」、失業率上昇につながる恐れがあるのではないか?サンフランシスコ連銀のデイリー総裁は、これを変化点と呼び注意を呼び掛けています。(しかし変化点がいつどこで発生するのかは誰にもわかりません)
二つ目は、先週末にFRBが公表した半期の金融政策報告です。
その中で(FRBが物価を考えるうえで重要視する)PCEに含まれる「住宅サービスインフレは徐々に低下し、最終的にはパンデミック前(コロナ前)のペースに戻るはずだ」と報告書は述べています。
とうとう家賃価格が低下するという文言は、今週発表されるCPIに期待が持てるのではないでしょうか。
マクロ指標のみならず、金融当局のコメントにもインフレ圧力の低下・後退が示され始めており、これらすべてがつながるタイミングでFRBが利下げを可能にする・・・そう市場参加者が考えているような気がします。
ともかく、雇用・物価関係の経済指標を中心に、今後数カ月間のデータの変化が重要です。
大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。