トランプ大統領を巡る「不透明感」と「鉱脈」
11/4-11/8 先週の振り返り
世界中が注目した米大統領選挙では、共和党候補のトランプ氏が民主党候補のハリス氏を破り、4年ぶりに大統領職に返り咲きました。選挙戦では、減税・関税アップ・不法移民排除を掲げた「トランプ氏が優勢、だが選挙戦は接戦」と伝えられていましたが、蓋を開ければワンサイド・ゲームでした。議会選挙でも共和党が上院を制し、下院は未だ結果が判明していないものの、共和党優勢の報告が入り始めています。大統領・上院・下院が共和党で占められる「トリプル・レッド」となる可能性が高まり、政策実行能力・スピードが上がると考えられ、『変化』が好きな株式市場に好感されて株式市場が盛り上がっていると考えています。
(とはいえ、すぐに政策が実行されると言うわけではなく、予算を割り当てる議会・非人道的な行為を制限する司法・民主党地盤の地方行政が協力をしない地方自治の3つの壁が存在する点において、公約に掲げた諸々の政策が100%叶う、直ぐに叶うという訳ではない。)
FOMCにおいてFRBは0.25%の追加利下げを決定しています。声明文・記者会見・インフレ・雇用の認識に大きな変化はないと考えていますが、今回の記者会見では、大統領選の結果を受けて、新政権が金融政策に与える影響に関して多くの質問が出ていました。
メディアが面白おかしく伝えていたのは、これらのQ&Aだったでしょうか。
質問:大統領にはあなたを解雇したり降格したりする権限があると思いますか。
パウエル議長:法律上認められていない
ほか、大統領があなたに辞任を求めたら、あなたは辞任しますか?との問いに対して
パウエル:いいえ。(するわけねえ!くらいのトーン)
次の質問: 法的にやめたりする必要はないと思いますか?
パウエル:いいえ。(やめるけねえだろ!くらいのトーン)
ちなみに、トランプ大統領には、FRBの担当者を交代させる機会が限られています。
現在7人の理事のうち、任期が今後4年間以内に終了するのは2026年のクーグラー理事、28年のパウエル議長の2人です。
FRB議長と他の6人の理事は、金利を決定する委員会の投票権を持つ12議席のうち7議席しか占めていません。FRB傘下の12の地域準備銀行のうち5つの総裁が、持ち回りで残りの席に就いています。そのほとんどは、中央銀行の独立という制度的伝統を重んじる非政治のテクノクラート。
マーケットは12月FOMCでの0.25%利下げ、経済見通しの引き上げを織り込みに行っています。
しかし、2025年の利下げ見通しは「視界不良」です。なぜならば、トランプ新政権の政策運営次第だろうから。パウエル議長が記者会見で繰り返したように、不透明感が強いです。通商政策でインフレの懸念が再発しつつある中で、FRBが景気?インフレ?どちらを優先して取り組んでいくことになるのでしょうか。
パウエル議長は「どんな可能性も排除しない」としています。
アメリカ景気は本当に大丈夫なのか?
アメリカの景気は大丈夫なのか?ということを聞かれると、今までは 『大丈夫、景気はハードランディングしないだろう』と答えてきました。本コラムでも、ビジネスとトラベルの航空旅客数が減らない、レストランのdinnerの予約数が前年比プラスで推移している、ブロードウエイの観客動員が減っていない、物価上昇に対して賃金の伸びがプラスで推移していた・・・こういった理由で消費がいいから景気はハードランディングしないと言い続けてきました。
でも今、すこし迷っています。
航空旅客数(TSAデータ):乗客数は減っていない
出所:米運輸保安局搭乗客データ*1より松井証券作成 期間:2020/1/1~2024/11/7(日次データ)
レストランのオンライン予約数:外食する頻度・予約は減っていない
1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
米国 レストラン予約数 (ディナー・前年比) |
-2% | 4% | 7% | 0% | 5% | 3% | 0% | 3% | 5% | 4% |
出所:Open tableデータ*2をもとに松井証券作成 期間:2024/1~2024/10(月次データ)
ブロードウェイ観客動員データ:興行は好調、席は埋まっているように見える
出所:Internet Broadway Databaseデータ*3をもとに松井証券作成 期間:2023/5/28~2024/11/3(週次データ)
本当に景気は下押ししないのか?という疑問が生じています。消費を支える経済環境はガラスのように割れやすく、脆いのかもしれない・・・と。
米大統領選の勝敗を分けたのは生活苦?
今回の大統領選挙に関して、既にトランプ氏圧勝の分析が各メディアで繰り広げられていますが、今回の選挙では、経済統計には出てこない「生活苦」が勝敗を決めたのだと考えています。生活苦の中では 左か右か的な議論をする余裕なんかなかったのではないだろうか。もちろん人権とか思想とかは凄く大事だということは理解しています。でもそんなことを考える余裕が、今のタイミングであの国には無かったのではないか?
誤解を恐れずに言えば、「玉子の値段が高くなってきちゃって、食べ物に困っているのよ…」というバイデン政権の負の資産である、好景気故の①インフレ・高金利②不法移民に対し、とくにインフレを抑えるために、国民に対して誰が・どちらの党が寄り添ったのか?ということではないのでしょうか。
少し前になるのですが、衝撃的なニュースをCNBCが伝えていました。
2023年11月のアンケート調査で、『銀行口座にいくらお金が入っていますか?』というストレートな質問をしているのですが、回答者の半数以上の方の銀行預金が500ドル以下という非常にショッキングな結果となっています。501ドル以上5000ドルまでの預金額の方が21%。
この結果だけ見ると、実は本当に生活が苦しくて、現金を使い果たしているのではないか?あの国を襲っているインフレがどれだけ生活にインパクトを与えているのだろうか。この事実を考え、取り込み、「俺が守る」 と宣言した人が勝った。これはCNN出口調査をみてもそうで、収入別でどちらに入れたのか?を見ると良く分かるのですが、高所得者層は民主党に投票し、そうではない中低所得者層は共和党に入れている。もはや選挙の論点は、保守とかリベラルとかではなく、苦しいんだよ、という結果に対してどう寄り添うのか?です。
これは若い人たちも同じ悩みを抱えており、ハーバード大の調査では、アンケート結果で32%の若者が将来ホームレスになるかもと不安を抱いています。この生活苦という苦痛を抱える人にとって、アメリカのインフレがどれだけ過酷なのか私たちは理解していたのか?
よく考えたら日本もアメリカも同じで、日本では自民党から、アメリカは民主党から保守層がごっそり抜け落ちた感じではないでしょうか。
『今回の選挙は決して、「右派 vs 左派」や「人権無視 vs 人権重視」の戦いではなかった。格差が広がる今のアメリカ社会・仕組み・政権に対する "Yes or No"の戦いだったと言える。』という声があります。
ここに、誰がトランプを支持したのか?という答えがあるような気がします。
このアメリカの現状を踏まえると、本当にハードランディングしないと言っていいのかどうか。
視界不良の中で見えた鉱脈
先日公開した動画の中で、米大統領選の中で話題になった 化石燃料 vs クリーンエネルギー を解説しました。経済安全保障の観点から、極端な“エネルギートランジッション”を一気に進め、偏ったエネルギー政策を推し進めることはできないだろう、というものです。
自給自足が可能で戦略輸出が可能なシェールを代表とする化石燃料、足元増え続けているクリーンエネルギー投資、両方の強みを組み合わせて自国の利益を追求する“ハイブリッド”を選択するのが最も合理的な解だとトランプ氏は考えると思うので、投資アイデアとしては「化石燃料」「クリーンエネルギー」の売られたほうに注目するのはどうでしょうか。
例えば、ファーストトラスト エネルギー Alpha DEXファンド<FXN>、
エネルギー セレクト セクター SPDR ファンド<XLE>といったETFも選択肢の1つになるでしょう。
ほか、個人的にはトランプ氏は石油を掘って掘って掘りまくる、石油を掘って石油価格を半減させると言っています。資源を『流通させる』点がミソで、エネルギーセクターの中で資源開発・掘削を行う上流や、販売を行う下流でもなく、物流・貯蔵を担う『中流』のパイプライン等のインフラ設備投資がミドルリスク・ミドルリターンで注目できると考えています。
エネルギー製品のインフラ資産に投資している代表的なETFの1つにグローバルX MLP ETF<MLPA>というのもあります。
天然資源を開発し、掘削した後でパイプラインの中を石油や天然ガスがたくさん通ればメリットがある事業体は『視界不良の中で見えた鉱脈』だと考えて注目しています。
化石燃料 vs クリーンエネルギーの解説動画はこちら!
大統領選後に狙うべきは?トランプ関連株4選
大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。