石破・トランプ会談、アメリカ製造業の未来は・・・?

2025年2月12日

マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。
米中関税バトルが始まりました。前回のコラムでは、中国への追加関税に関して(コラム原稿の締め切り日時の関係で)触れることができませんでしたが、メキシコ・カナダへは1か月の関税発動延期措置が取られた一方で、2月4日に中国に対する追加関税が発動されています。 中国からのすべての輸入品に対する10%の追加関税に対し、中国政府も同日、米国からの石炭と液化天然ガス(LNG)に15%、原油、農業機械、ピックアップトラック、大型自動車に10%の追加関税を課すなどの方針を発表しています。この中国政府の動きは米国の追加関税に対する報復措置とみられます。

米中追加関税応酬劇が始まった直後、市場の反応は、人民元が売られ、原油価格が下落し、日本株も軟調に推移していましたが、NY市場は株高で反応しています。NY株が意外高した反応は、「意外に中国の報復措置がマイルドだったこと」が考えられると思います。米国が標的にする中国製品輸入額は約4500億ドルですが、中国からの報復は200億ドルの輸入品のみが対象で、米国の標的と比べて非常に小さかったのです。さらに中国は半導体、医薬品などの戦略物質への関税を引き上げていません。これには、「中国が譲歩する可能性を考えておくべき、譲歩する選択肢を残している」という警告も含まれているかもしれません。
加えて、市場予想を上回る米企業10-12月期決算発表をきっかけに買いが入り、経済統計の下振れや長期金利の低下などが株式を支えています。なお米中対立は一気に解決もしくは一旦保留という事ではなく、時間が掛かるというのがコンセンサスで、春ごろにトランプ大統領が訪中してディールをすると見られています。
マーケットは1月27日に株式市場を襲った「DeepSeekショック」以降、ハイテク企業の決算に対する警戒感もあり、関税問題表面化のあとは、月半ばにかけて主要経済統計の発表を控えていたことなどもあり、上げ幅は限定的にとどまっています。

石破首相の訪米、石破・トランプ会談

この中国・メキシコ・カナダとの通商問題の最中、現地時間2月7日、日本の石破首相は米国を訪問し、トランプ大統領と会談を行っています。今回の石破・トランプ会談で市場関係者が注目したのは、日米の貿易赤字の件、日本製鉄・USスチールの件でした。
会談後の記者会見の中でトランプ大統領は、「対日貿易赤字を削減したい」と述べ、日鉄・USスチールのディールに関しては「買収ではなく投資」を行うと発表しています。
まず日米貿易問題に関しては、トランプ大統領は、「日本に対する関税発動の可能性を否定しているわけではないが、懲罰的措置を取らずに問題は解決できると考えている」としました(米国の対日貿易赤字は680億ドル)。
「日本にとっては非常に容易なことだろう」とトランプ大統領は大統領執務室での石破首相との会談冒頭で述べ、「われわれは素晴らしい関係を築いている。問題はないと思う。日本も公平さを求めている」とお話しされています。
また石破首相は対米投資を1兆ドルに引き上げると表明し、米国産の液化天然ガス(LNG)の購入拡大でも合意しています。

今回の石破首相の訪米に際し、1月23日に開示されている内閣府の月例経済報告の閣僚会議資料のなかに、ヒントがあります。
資料には『米国は、我が国の最大の投資相手国。米国の対内直接投資残高の中でも、日本の投資は増加し、2019年以降5年連続首位。米国現地での雇用者数も、全産業では英国に次いで2位、製造業では1位と雇用の創出に寄与』と記載されています。
出所:内閣府「月例経済報告等に関する関係閣僚会議資料(令和7年1月23日)

2023年時点の日本の対米投資残高は288.9兆円、うち3分の1がアメリカで、総額は100.9兆円です。為替のマジックをどこで使うのかは分かりませんが、「いつまでに1兆ドル」と明示していないので、どこか一発円高に行けば割とすぐに1兆ドルは達成可能のようにも見えます。
メディアはこれで円安が進むという意見もありますが、それは無くて、対米投資の果実(米国で得た利益)は毎年積み上げられて再投資をされているので、この際投資の上積みの期待も加味すれば案外早く1兆ドルに達するのではないかという見通しもあるようです。

日本製鉄のUSスチール買収の件では、トランプ大統領は、日本製鉄がピッツバーグに本社を置くUSスチールの141億ドルの買収を中止し、代わりに「買収ではなく投資」を行うと発表しました。
トランプ大統領は、両社が投資について交渉する際に「仲介し、調停する」と述べています(大統領は、日本製鉄を日本の自動車メーカー「日産」と誤って伝えるシーンもありました)。
現状は、トランプ大統領に必要な製造業の復活のために、何しろ USスチール自身が「買収してもらうのを望んでいる」にも拘らず、政治が拒絶しているという可笑しな状態です。USスチールの再生と日本製鉄の発展は、日米双方にとっての国益だという点を加味して早く進めてほしいと願うばかりです。

  • 2月10日にトランプ大統領談話で「日本製鉄が過半出資することは無い」と明らかにしたことが伝わっています。完全買収は認めないと示したことなのでしょうか。日鉄側は技術移転や設備投資を行うには情報漏洩の心配がない完全子会社にする必要性が有ると強調し、USスチール側も望んできた経緯があるので不透明感が未だ拭えぬ状態にあります。

第1次トランプ政権を振り返る:自社株買いが増えていた

確かにトランプ大統領は、激戦州と呼ばれ『ラストベルト(鉄が錆びた)』の有権者・中低所得者層・白人の製造業従事者に支持されてきました。ゆえに製造業を強くしないといけないと考えているし、関税で支持基盤を守ろうとしています。
しかし、米製造業の割合は米商務省統計によれば、GDPに占める割合で約10-15%、これは2023年までの四半世紀で約5ポイント前後減少しています。そして米国経済はAIをはじめとするハイテクとエネルギー作業に軸足が移っているので、『ラストベルト』に経済の主軸が戻るのは非常に難しそうです。

第1次トランプ政権下で、企業は政府の進めた減税・規制緩和で何を行ったのか?を見ていくと意外な答えが出てきます。自社株買いです。
2018年、トランプ1.0で始まった「減税」では、米製造業の自社株買いが過去最高に達し(米企業全体も過去最高を記録)、その額は設備投資額を上回っています。
自社株買いは市場から自社の株式を買い戻し、1株当たりの利益を高めて株高を促します。減税で生まれた余剰資金は、企業は成長投資ではなく、株主還元に向かわせています。
ボーイング、スターバックス、フィリップモリス、そしてマクドナルドなど、2018-19年には株主還元由来の債務超過に至った例もあります。ボーイングは自社株買いを優先したことをきっかけに投資が疎かになったとして、低コスト開発が737MAXの悲劇を生んだのではないかと詰められています。
このように、企業もこのような対応をしてきた経緯があります。トランプ2.0が更に減税に踏み切る場合、企業は業績と成長投資をどうバランスしていくのか?どのように規律を重んじるのか?を試されると感じています。
アメリカ経済を蝕む短期志向がどうなるのか注目しています。

大山季之

大山 季之(おおやま のりゆき)

松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説

<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。

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