嵐に備える企業たち アニマルスピリットはどこ?
2025年4月16日
マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。
嵐のような1週間でした。
株価よりも金利水準に投資家の関心が集まった週で、これまで安全資産と見られていた米国債の急落・金利上昇、相互関税引上げの90日間の先送り、関税に関する続報、そして1-3月の企業決算発表などなど、日替わりメニューの様に話題がころころと変わる1週間でした。
債券市場の急変動は、関税に対するマーケットの(債券市場の)リアクションと言っても良いと思うのですが、関税が引き起こした米国に対する不信感の高まりが米国債急落に直結し、関税発動に伴って金融危機の兆候が見られたのではないか?と報じられていました。
ウォール街にとどまらず、世界中のあらゆる資産の中で「安全資産of安全資産」、「リスクフリー資産」と評され、これまで長年に渡って金融危機・パニックに陥った際は『有事の●●』と言われ続けてきた存在です。一般的に経済の不確実性が高くなるとリスクが低く、破たん懸念の低い資産に資金を移すfly to qualityと呼ばれる現象が起きますが、その際に逃避先・受け皿になる資産が米国債だと考えられていました。
9.11同時多発テロ、世界金融危機(リーマンショック)の時も米国債は買われました。
しかし、トランプ政策である相互関税が、世界経済に対する投資家の信認を裏切り、かつ、トランプ大統領が今後どのように行動するのか全く予想ができないといった不安・懸念が米国離れを引き起こし、資本市場に於いて米国債を売却する動きが出たのではないか?と推測されるに至っています。
トランプ大統領が90日間の相互関税先送りを決定した際、長期金利の変動に触れ、「人々は少し神経質になって、ちょっと怖がっていた」と語っていましたので、市場がトランプ大統領に「自重」を促すきっかけになったのかもしれない・・・と想像していました。
単に投資家の嗜好が変化した・・・とは言えず、グローバルで「米国外し」という実情が浮かび上がりつつあり、ドル売り・米国債売却(4/14にベッセント財務長官は国家による米国債売却の証拠は無いと発言)や、金価格の高騰、相次ぐ年金基金(欧州年金)の米国株売却の動きも発生しました。景気減速懸念などが交錯したまま、メディアも『(ミネアポリス連銀カシュカリ総裁は)選り好みの変化・・・変化した説にも、信ぴょう性がある』と伝えていました。
先週問題になった長期金利(利回り)を因数分解してみましょう。
(利回り)名目金利は予想インフレ率と実質金利に分けることができますが、予想インフレ率は概ね一定に推移して横ばい状態ですが、一方で実質金利は上昇傾向にあります。
つまり、トランプ関税はインフレに(予想インフレ)に影響がないと市場が考えているのか(すでに発動している中国の20%、USMCAを除くメキシコ・カナダからの25%関税が発動済みであるにもかかわらずインフレが落ち着いている)、もしくは「ディール(交渉)」によって関税率が下がることもあると考えているのかもしれません。そして実質金利はFRBの利下げタイミングが先送りになるリスクを見ていた・・・ように感じます(たとえば半導体に関して言えば、品目別関税が課せられるようですが、25%関税が関の山と見られ、相互関税で●●%!みたいなことにはならない可能性が高そう)。
経済統計・物価統計でもインフレの芽は摘まれ、FRBはもう少し先にならないと利下げに動かない(動けない)ことも重なり、そして、今回の『米国売り』が噴出し、長期金利が上昇傾向にあるようです。
先週4月9日、何が起きていたのか?
4月9日、元財務長官でハーバード大学経済学者のラリー・サマーズ氏は、「米国政府の関税政策によって全面的に誘発される深刻な金融危機」の可能性を警告しています。
この日、投資家は(サマーズ氏に言われなくても、金融危機の懸念だって分っている!と感じたと思いますが)、足元の金利の動きを見て通常であれば予定通り行われる米10年国債入札に不安を感じていました。
しかし幸い、入札が順調に進んだことで株価は一時急騰、その約18分後にトランプ大統領が関税一時停止を発表すると、株価が一気に吹き上がりました。
この日の株価上昇率はS&P500がリーマンショック後の08年10月以来で最大の上昇率、ナスダック100は史上2番目の上昇率となりました。Bloombergは匿名を条件に金融当局者のコメントを紹介していますが、「債券市場で発生していた問題と10年債入札への懸念が、大統領が関税撤回を決断した一因となった」と述べたと伝えています。
「政権関係者の一部は懸念を示し、それが緊迫感を生み出した。しかし、入札がうまくいったため、最終的には問題にはならなかった」。
後からなら何とでもいえる!! という声も聞こえていましたが、ベッセント財務長官もインタビューの中で、
(あれだけ米国債がパニック的に売られても)「米国債市場は、過去1週間で過去最高の取引量を記録し、引き続き円滑に機能している」「(債券市場では)体系的な問題は何も起きていない」
「今日は特に異常なことは見られない」 と述べていました。
それでも、目もくらむような関税が依然として課せられています。
昨年、米国に4,000億ドル以上の製品を輸出した中国に対する関税は、145%という恐ろしい水準に達しています。関税の一時停止にもかかわらず、他のほぼすべての国は少なくとも10%の関税に直面しています。もちろん交渉によってこの水準は引き下げられる可能性がありますが・・・。
対抗策として企業の現場では、ウォルマートやコストコと言った米国企業が、海外の供給業者と契約を交渉し、他国で原材料を探し、消費者に転嫁されぬよう&価格上昇があまり大きくならないように備えようとしています。この企業努力の結果、物価高騰が抑えられ、「まだインフレの芽が摘まれている」と解釈されているのかもしれません。
もちろん時間の問題かもしれません。関税が経済にどのような影響を与えるかについては、交渉がまだ続いているため、依然として不確実性が大きいはずですが、ニューヘイブン大学ジェームズ・モース准教授は既に大学の授業の場で「消費者は数週間以内にその影響を実感することになるだろう」と語っています。バロンズ誌はBloombergを通じてイェール大学予算研究所の試算を伝えていますが、研究所によれば、トランプ大統領が4月第1週だけで発表した関税により、平均的な世帯では年間2,100ドル、低所得世帯では980ドルの損失が発生するとしています。
関税前に「駆け込み」「買いだめ」の購入をすべきところまで迫っているのでしょうか?
企業は消費に関して「大丈夫だ」とは言いませんし、今後言う可能性も低いと思いますが、足元は事態の収束を見守る必要があるとしながら・・・まだ企業努力の可能の範囲と明示しています。
直近の消費支出を巡る企業の反応を下記、記しておきます。
消費支出に関する企業のメッセージ | |
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リーバイストラウス <LEVI> |
通期業績予想には関税を織り込んでいない、事態の収束を見守る必要がある。関税は75%程度緩和可能、世界的な需要拡大を受け事業は選択と集中を急ぐ。高価格帯商品と販売を強化する。 |
ウォルマート <WMT> |
26年通期の売上高3〜4%増加する見通しを示す。営業利益は売上高を上回るペースで伸びると予想。 ➤依然、売上増加を見込む。CFO:今年の目標を諦めるべきだと思わせる兆候は何もない。買いだめはまだ見られていない。関税を理由に発注をキャンセルしたことはない。低価格戦略を引き続き推し進める(短期的に利益に負担がかかることを意味する) |
コストコ <COST> |
3月既存店開示:+6.4%(市場予想+5.1%、2月+6.5%) 駆け込み・買いだめの懸念があったが、集客力・市場拡大が維持された |
デルタ航空 <DAL> |
CEO:(報復関税に対し)間違ったアプローチ、世界経済の不確実性の中で旅行予約の需要は既に弱まっている (1月時点では最高益が更新できると見通していたが、法人・レジャーの需要が落ち込んできたとして25/1-3期ガイダンスを下方修正。 ただし夏の予約は依然として好調) 貿易戦争で売上が停滞している、「正気」が勝つことを期待している。 |
JPモルガン <JPM> |
年次書簡CEO:関税政策が景気後退リスクを高める可能性を懸念している。同名関係を崩壊させ、アメリカの超大国としての地位を弱める可能性が有る。 軍事的にも経済的にも同盟関係を維持することは不可欠 |
出所:Bloombergより松井証券作成
前回の米国株コラムで、企業のトップマネジメントであるCEOのコンフィデンス“経営の自信度”が低下していることを示すチャートを掲載しました。
これは11日・14日に発表された大手金融機関の決算JPモルガン<JPM>やゴールドマン サックス
<GS>の決算の場でも明らかになりました。JPモルガン国際決済部門のマネジメントは同行の法人顧客が関税政策を巡る不確実性のため投資決定(インベストのみならず、M&Aや設備投資なども含む)を控えているとのことでしたし、ゴールドマンサックスのソロモン会長は、世界中で経済活動が減速している兆候が増えていると伝えています。
- 多くの顧客が投資を見直している(JPM)
- 多くの企業が投資を控えれば世界経済の成長に影響を及ぼす可能性が有る(JPM)
- 米中関係悪化は最大の懸念事項で、最近ラテンアメリカであった顧客はメキシコ、米国、またはカナダに工場を開設することを検討していたが延期せざるを得なかった(JPM)
- (投資家に向けて一言と言われ)多くの問題についてより明確になるまで、ゆっくり進み、ここで一時停止することだ(GS)
先週、筆者は本コラムで「企業は関税で何が起きるか分からないので、稼いだ利益・キャッシュは株主へ還さずに「嵐に備えるために」溜め込むではないか?」と書きましたが、あらゆる企業活動が凍結しつつあることが見えてきました。まさにフリーズ、嵐に備えようとしているのです。
しかし防御壁の内側で身を屈めるだけなのか?アニマルスピリットは何処へ行ったのか?と思っていたのですが、さすがGS、この会社は防御壁の外にいました。
GSは株主に対し「持続可能かつ増加する配当」を支払うことに引き続き尽力し、余剰資本は株主に還元すると述べ、取締役会は400億ドル規模の自社株買いプログラムを承認しました。
アニマルスピリットは健在で、少し光が差し込んだような気がしました。

大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。