司法がトランプに噛みついた、トランプ関税の行方ほか
トランプ関税を巡る裁判「そりゃそうでしょうね」
去る5月13日、米国で関税対象国から製品を輸入する中小企業5社を代表して、超党派の団体「リバティ・ジャスティス・センター」が米連邦裁判所に関税停止を求めました。これは大統領が国家非常事態を宣言し、輸入品に一律関税を課すのは権限を逸脱しているという主張に基づくものです。
そして5月28日、米国際貿易裁判所がトランプ関税を違憲として差し止め命令を下しました。
他国との通商を規制する権限は憲法によって議会に与えられている、大統領の権限はこれを越えるものではないこと、そして①フェンタニル関税、②商品別関税、③相互関税というトランプ関税のうち、国際緊急経済権限法IEEPAに基づいた関税を無効と判断し、差し止め命令を下したのです。
トランプ政権はすぐに控訴、二審に当たる控訴裁判所はこの判決を一時的に停止することを決めています。政権は今後、最高裁まで争う構えを示し、終わりが見えない中で「また不確定要素が増えた」として、トランプ関税を巡り、各国との交渉はますます不透明になり、相場変動も大きくなっています。
加えて、トランプ関税を巡る裁判所の判断が、足元で休戦状態にある米中間貿易交渉を複雑にさせている可能性があるのではないか?とメディアは述べています。
詰まるところ、国際緊急経済権限法IEEPAに基づく関税発動をどう読むのか?ということですが、IEEPAでトランプ関税を通すのか、通商法(122条)で通すのかの違いであって、法的に正当化しやすく、長期的な通知手続きに代わるだけ・・・と考えるほうが良さそうです。
もともとトランプ政権が関税を課す根拠として(移民と合成麻薬が原因で)国家非常事態の宣言から始まっていましたが、これを理由にして関税を課すのは行政権の拡大で「違憲」だとしても、関税適用を国際緊急経済権限法IEEPAから通商法に読み替えればいいだけ。凄く単純な話です。
誤読するならこの手も・・・的にWSJ紙でも言っていますが、ナバロ大統領上級顧問(貿易・製造業担当)のコメントを引用して、裁判所は「ある意味で、我々にそうするように指示していた」として、輸入品に課すためのほかの方法を模索していると報じています。
トランプ関税で二転三転、いつも朝令暮改でフラフラしているので、マーケットは「不確実性がずっと高い状態」であります。ロング(年金等)の運用資金がリスクをしっかりとっていく相場に未だなっていませんね。むしろ、しっかりとリスクをミニマイズさせることを続ける展開と言うべきでしょう。
トランプ政権下、増税、関税が常態化してしまうことを嫌気している・・・ので、上値が追えない状況になりました。
■今週は6日(金)に開示される米雇用統計(5月)がハイライト。足元、Indeed求人を見ていると採用ペースは減速、労働市場は悪化しているように見えます。今年の雇用統計は”未だ堅調”に推移していますが、過去2年と比較すれば強い数字ではなく、2023年、2024年の非農業部門雇用者数月間平均は19.2万人増加でしたが、今年は月平均で14.4万人増加にとどまり勢いは有りません。
マーケットは関税を巡る不確実性で労働市場が不安定になっている・・・揺らぎ始めている兆候を注視しています。
市場は、6月2日の段階で、開示される雇用統計は前回17.7万人増加に対し12.5万人増加(失業率4.2%予想)と“軟調”になると予測しています。これは、足元で個人消費は(5月に開示された小売売上高を見ても感じるのですが)自由に使える裁量消費がトランプ関税の影響で足踏みしつつある影響が大きいと見られています。
3月はトランプ関税を嫌気して駆け込み消費が加速、その後4月は減速し、5月も低調という具合ですが、特にレジャー・ホスピタリティ業界(観光・ツーリズムなど)で雇用が減少し、失業率が4.3%に上昇する可能性も指摘されていました。
今週は7日から6月FOMCを前に金融当局高官の発言が制限されるブラックアウト・沈黙期間に入るほか、ブラックアウト前に高官らの発言機会が多く予定されています。
トランプ政権が4月に対中追加関税率を145%へ引き上げたことで、「雇用の最大化」と「物価の安定」という二大責務の両方に対するリスクが高まったといった主旨の高官発言が相次ぎ、一部「雇用の最大化」を優先する形で利下げの必要性を主張する発言もみられていました。
いまのところ金融政策は当面FRBが金利を据え置くスタンスを維持していますが、今週水曜に発表される地区連銀経済報告(ベージュブック)でスタンスが変化する兆しが見えてくるのかにも注目しています。企業が関税を理由に関税コストを価格転嫁する動きが出ているのかどうかがポイントで、仮にインフレが加速している状態に言及することになれば、FRBの高金利政策が長期化して年間の利下げ回数が減ることになります。つまり、利下げのタイミングが遅れる(利下げ回数減少)ことになると、市場参加者が期待する金融緩和という名のショックアブソーバーが無いままで、相場変動が大きい状況を迎え撃つ必要があります。
一方で、ガソリン価格が下がっているのでインフレ緩和的なコメントが多い場合はポジティブに評価されることになるでしょう。
景気先行指標のISM製造業・非製造業(サービス業)で景気先行指標の経済統計も開示されますが、これらは前述のベージュブック同様、足元で関税の影響を企業がコメントしてくるので、企業活動の動向、価格転嫁・インフレを確認するイベントになります。
個人的には、経済活動や企業活動が全体的に軟調であっても、市場がトランプ関税・減税の行方など、将来の方しか見ていないので「どうせ関税税率は下がるし、いま悪い経済統計で数値が開示されてきても、それは過去の傾向でしょう?」と受け止めるような気がしています。
ほか注目すべきは、前回のコラムで書いた“トレードダウン銘柄”で株価が上昇基調にあるダラージェネラル<DG>の業績発表です。このディカウントストアに来店客が増えているのかどうか、前回の四半期決算でマネジメントが言及したTrade down effect(トレードダウン効果)が出ているかどうか?であります。
ダラージェネラルのマネジメントは、前回3月の決算発表タイミングで、消費者の関税インフレ・景気足踏みに対して、消費者の行動変化:トレードダウンが起こりつつあると指摘していますが、トレンドが大きくなっているのか、継続しているのかなど、今回の決算発表でマネジメントが言及するのか注目です。

大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。