先週の気付きの振り返り・検証:雇用統計と消費行動の変化「トレードダウン」について
①雇用統計
次週にFOMC(日本時間6月19日3:00金融政策発表)を控えていますが、金融当局が重要視している経済統計が開示されました。
先週半ばに開示された他の労働統計ADP雇用統計と週次の新規失業保険申請件数は共に市場予想よりも悪化し、複数のデータで労働市場悪化というトレンドが出れば、失業期間の長期化、レイオフ(解雇)の横行などを想定する事態になっていました。しかし幸い、結果は過去2か月のデータ下方修正が開示されたものの、非農業部門の雇用者数は事前予想12.6万人に対し13.9万人で上振れ、失業率は事前予想と一致する4.2%、決して悪くない内容だったと思います。
関税によるコスト増、景気減速懸念などで企業が雇用を急速に削減しているのではないか?との見方もありましたが、市場予想を上回った結果が出て、金融当局の利下げタイミングは後退。金利上昇(10年債利回り4.5%)、ドルは買われ(米ドル/円144円台後半へ)、そして株高、リスクオンで反応しています。
トランプ大統領が中国向けを含む一部関税の一時停止を決めたことで、企業や消費者のセンチメントが改善したのではないか?というコメントも出ていましたが、個人的には、ヒスパニック・LATINO、黒人、高卒の方たちの失業率が改善していないことなどが気がかりで、楽観的にはなれませんでした。
企業はトランプ通商政策を巡る不確実性を前に『雇用の温存』を図っていて、人員削減にはコストがかかるため、企業はトランプ関税の影響を見極めるまではレイオフに慎重なのかもしれないので、安心は禁物です。
今回の雇用統計の結果で、来る6月FOMCでの金融政策は変更が無いことがほぼ分かり(今週の物価統計も確認する必要はありますが)、7月も利下げはスキップ、利下げは9月スタートになると考えています。利下げを巡っては、トランプ氏から当局に対する「利下げ要求」が激しさを増してきているのが気がかりです。トランプ氏は次期FRB議長の“異例の早期指名”にも触れており、現パウエルFRB議長がレームダック化する状況が危惧されそうです。勿論、次期議長が誰になろうとFOMCが機能しなくなることは無いと思うのですが、不安材料を市場が抱えることは避けたいところです。
なお米議会は、トランプ大統領が指名したFRB副議長にボウマン氏が就く人事を承認しました。早速、ボウマン氏は銀行規制・監督の方針を説明した場で、規制緩和に向けた大幅な政策変更方針を表明しています。
ボウマン氏は「われわれの目標は、銀行の経営破綻防止や、そうしたリスク解消ではない。銀行が破綻しても、金融システム全体の不安定化につながらないようにする『セーフ・トゥ・フェイル』であるべきだ」と主張していたのですが、FRBの中でも金融政策に関してはタカofタカ(金融引締めに非常に前向き)な方だけに意外ではありましたが、市場には規制緩和に好意的な一面を見せていて、これは期待できると感じた市場関係者は多かったと思います。
②“トレードダウン銘柄”※ダラージェネラル<DG>の業績発表
※トレードダウンとは、今まで買っていた商品や利用するお店のグレード(格)を下げる、品質はそのまま、購入する商品の価格帯を下げた、低価格商品への買い替えを行う消費行動を指す。
洗剤、食品などナショナルブランドの商品を買い求めるのではなく、スーパーマーケットのプライベートブランド製品を使う様な感じが分かり易い例だと思います。
トランプ関税、景気後退懸念で消費者の行動が変化し、ダラージェネラルに来店客が増えているのかどうか、前回の四半期決算でマネジメントが言及したTrade down effect(トレードダウン効果)が出ているかどうか?がポイントだと考えていました。
(ダラージェネラルのマネジメントは、前回3月の決算発表タイミングで、消費者の関税インフレ・景気足踏みに対して、消費者の行動変化:トレードダウンが起こりつつあると指摘しています。このトレンドが大きくなっているのか、継続しているのかなど、マネジメントが言及するのか注目していました)
株価は5月、ウォルマート<WMT>が決算発表の場で値上げを始める見通しを明らかにしています。
ここまで関税コストを価格転嫁しないで凌いできたのですが、商品在庫が底をついているものから値上げせざるを得なくなったのです。このウォルマート値上げ発言をきっかけに株価が動き始めたのがダラージェネラル<DG>で、6月3日に発表した第1四半期の決算を受けて、さらに株価が上昇しました。
ウォルマートの決算発表前と比べて株価は約29%上昇しています(6月6日終値時点)。
ダラージェネラルの決算は市場予想を上回り、通期の業績予想も上方修正し、先行きも明るいと感じました。実際に、CEOが決算説明会で高所得者層の顧客を引き続き獲得できている、という内容の発言をしているので、トレードダウンの恩恵を受け始めていると考えてよさそうです。
消費者の消費行動の変化はダラージェネラル固有のケースではなく、たとえば同業のダラーツリー<DLTR>でも確認が出来ました。同社はアメリカ版100円ショップ大手で、標準価格は1.25ドルという安売り店ですが、決算発表時に、世帯収入が高い世帯の顧客が増えていることに言及しています。
ほか小売ではプライベートブランドの商品の取り扱いが多いコストコ<COST>、全米に展開する有名ブランド・ブランド品のディスカウンターTJX<TJX>もトレードダウン効果の受け皿になると考えています。
ほかにも外食セクターには、高級レストランからの顧客シフト、カジュアルなファストフードレストランへのトレードダウンが起きる可能性もあるのでは無いでしょうか。マクドナルド<MCD>、チポトレメキシカングリル<CMG>には注目しています。サービス産業、たとえばブッキングHD<BKNG>のような旅行比較サイトも、富裕層の旅行コスト比較でエアーチケット・ホテル宿泊料金をセーブ(節約)することも考えられるのではないでしょうか。
高インフレ状態は未だ続きそうですし、トレードダウン関連銘柄は今後しばらく注目だと考えています。

大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。