踊り続けなければならない・・・賢い消費がマーケットを主導している
S&P500株価指数は、2月19日につけた高値を抜いてきました。理由は3つあったと思います。
①中東情勢が落ち着いたこと、②金融当局(FRB)高官らから「ハト」発言が相次いだ低金利への期待、③ウォール街アナリストによる業績修正が進んだことです。
意外な銘柄が主役です
6/27の取引で米国株は、S&P500・NASDAQが高値奪還、NYダウは昨年12月の高値まで2.65%まで迫りました。
米国株はS&P500の新高値更新より2日間早くNASDAQ100が最高値を更新したこともあり、時価総額の大きなAI中心のハイテク株や金融株が相場をリードしたと思われていますが、前回高値2/19~6/27の株価騰落ランキングを見て行くと、やや違う主役が浮かび上がってきました。
WSJ紙も「最高値に押し上げた意外な銘柄」を一つの記事にしています。
そりゃそうですよね、NYダウは高値更新できていない中で、S&P500やNASDAQは高値奪還していて、誰もがハイテク、マグニフィセントセブンが相場の主役だと思っていましたから。
-The Unlikely Stocks That Drove the Market to a Record High
-Dollar General, not the Magnificent Seven, is the rally’s hero. It makes for a healthier market when unloved stocks get a bit of attention too.
随分な書き方をしていますが(笑)、ダラージェネラル<DG>が株価上昇のヒーローだと伝えています。
2月19日の最高値以降の相場調整局面で、大型株の中で最も好調だったのはダラージェネラルです。この間の株価上昇率は51.33%で、S&P500構成銘柄の中で堂々の第1位。ライバルのダラーツリー<DLTR>も30.52%の上昇で、S&P500構成銘柄の中での上昇率は13位です。
5/28の本コラム「トランプ減税に期待しすぎるな!消費は賢く!トレードダウンが主流へ」でも述べましたが、トレードダウンがムーブメントになっていると感じます。
足元では「トレードダウン」だけではなく、米国家計では「消費のダウングレード」も進み、米国の消費者が値上げを避けるために、小売価格よりも安い卸売価格で商品を購入しようとする動きが出ています。
一方で、アメリカンエクスプレス<AXP>、フェラーリ<RACE>、ヒルトンワールドワイドホールディングス<HLT>などの高所得者層の消費者に支えられた企業株価は堅調なので、米国全体の消費マーケットが小さくなる、消費支出が懸念されるというわけではなく(この週末はイタリアベネチアで挙式を行ったアマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏(61)と元ニュースキャスターのローレン・サンチェス氏(55)の結婚式セレブ婚が話題でした。挙式総額は約5,000万ドルと報じられていましたが・・・)、消費者が将来の経済停滞・不安から、より安価な商品やサービスを選択し始めたようです。決して消費をしないわけではなく、賢く消費をするという具合です。
賢い消費に置き換わる?:一皮むけたブッキングホールディングス<BKNG>
この「賢い消費」を示す一つの例としてWSJ紙がダラージェネラルを記事にしていますが、今日は、日本人にも馴染みのある銘柄が企業の変化を伴ってじわじわ株価を上げて高値をつけている事例・企業をご紹介したいと思います。ブッキングホールディングス<BKNG>です。
Booking.comのサイトの運営でお馴染み、オンラインの国内外総合旅行予約サイトの運営事業者です。サイト登録宿泊施設は、高級ホテルチェーンから、旅館、個人経営のB&Bやアパートメント、ゲストハウス、バカンス向けの長期滞在施設、バケーションレンタルなど30以上もの宿泊施設タイプをカバーしています。
日本では24時間日本語対応カスタマーサービスセンターが使い勝手を良くしています。
このブッキングホールディングスが消費者の悩みにAIを活用し、手早く「解」を示しているのです。
先日、米国で新サービス「AIトリッププランナー」を試験導入したことが報じられています。旅のテーマをAIに伝えると、旅行プランを提案してくれるのです。名前を知らない場所でも旅行先の候補に挙げる点が強みで、「旅行に出かけたいけれど未だ漠然としている・・・」というよくある旅行客の悩みに対して、AIが旅のプランニングをします。AIが顧客との会話の中で興味・関心分野を絞り込み、最適解を提案するのです。
旅行自体は凄く楽しく、旅行計画を考えるだけで心が弾むのですが、実は苦痛な作業を伴うとも言えます。
エクスペディア・グループがルース・リサーチと共同で実施した「Path to Purchase(購入までの道のり)」レポートによると、旅行者は旅行を予約する前の45日間で平均5時間以上を費やし、約141の旅行関連ウェブページを読んでいるとのことです。
休暇のことを考えるのは非常に楽しいのですが、ものすごく手間がかかるのです。私にも経験が有りますし、皆さんもそうだと思います。どこに出かけるのか、どの宿泊施設にするか、そして航空券の手配、レンタカー予約からアクティビティや食事まで、旅行全体を一度に予約するのは夢物語だと感じたこともあったでしょう。旅行計画のために5時間を費やし、100を超すウェブページを眺めて比較検討することは、言い方を変えれば、時間の無駄で苦痛であるとも言えます。
この時間の無駄Time consumingだった旅行のプランニングをAIによって1発で変え、Cheaper easier faster(安く、簡単に、早く)を実現させるのです。AI旅行代理店は「アシスタント」の域をはるかに超えて将来の旅行を計画し、旅のコンシェルジュを超え、旅のコンパニオン相棒になったというわけです。
足元、AIの注目点は、学習から推論の需要に移行しつつあります。推論の需要が急速に高まっています。
蓄積された膨大なデータを学習した後で、学習した知識(パターン)を使って予測・分類などを行うプロセスを推論プロセスと言いますが、この推論は飛躍的に精度が向上し、AIの進化に従って、より自然で高精度な応答やコンテンツの生成が可能になってきています。
ブッキングホールディングスでは、これまで培った膨大な宿泊施設データ、航空会社の発券情報、滞在先のレストラン情報やアクティビティ情報、それぞれの口コミ情報や利用状況などの様々なデータと、これまで取引のある顧客情報・顧客データをAIに学習させた結果、学習した知識から顧客ニーズに沿った提案が高精度で出せる様になったのです。推論処理の効率化と低コスト化を実現させて顧客に提案ができる・・・これは大きな変化と言えるのではないでしょうか。
言い方を変えれば、これまで消費していた時間・手間、感じたストレス、旅行代理店に支払っていた手数料はブッキングホールディングスにリプレイスされると言う事です。
消費が変わる・賢い消費に置き換わる(リプレイスされる)のは大きなビジネス機会だと考えています。
前述のダラージェネラル同様に、決して消費をしないわけではなく、消費をする場所が変わる・リプレイスされながら賢い消費に置き換わるのです。
冒頭に米国株が高値を付けた理由を3つ挙げましたが、
①中東情勢が落ち着いたことで原油価格が調整し、ガソリン価格の低下が見えてきました。車社会のアメリカにはポジティブです。②低金利への期待が高まり、消費のハードルが下がってきました。③AIの活用・推論需要を通じて、企業業績への期待が高まってきた・・・
米国株好調の3つの理由にもブッキングホールディングスは全て結びついているかもしれません。
これがいまの米国経済のトレンドです、賢い消費で踊り続けたいものです。

大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。