米国景気に変調?意外だった雇用統計
今後のマーケットは2024年8月にヒント?
2025年8月6日
マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。
堅調に推移してきた米国株式市場は、先週の金曜日に大きく調整しました。
主要株価指数はNYダウ▼1.23%下落、S&P500▼1.60%、Nasdaq指数▼2.24%下落。
8月1日は米7月雇用統計が下振れ、FRB理事の一人クグラー氏が任期満了前に辞任を発表、そして景気先行指標であるISM製造業景況指数が下振れという事態となり、雇用統計だけではなく、景気の減速を示す指標が相次ぎ、ネガティブなニュースが断続的に押し寄せました。
市場がネガティブな反応を見せた米7月雇用統計は、このような結果でした。
✓ 非農業部門雇用者数市場予想10.4万人に対して7.3万人
✓ 過去2か月分の修正アナウンス合計25.8万人下方修正
✓ 失業率市場予想4.2%に対して4.2%(ただし小数点以下を3桁まで見ると4.247%であり、四捨五入して4.3%が視野に入った)
✓ 平均時給市場予想+0.3%に対して+0.3%
今回の雇用統計で市場参加者が注視したのは過去2か月分の統計数値の下方修正です。
5月は12.5万人のダウン。前回発表時+14.4万人→+1.9万人へ。
6月は13.3万人のダウン。前回発表時+14.7万人→+1.4万人へ。
雇用者数の修正幅は2か月合計で25.8万人に及び、コロナ禍2020年4月以来の大きな修正幅になったとWSJ紙は伝えています。数値の下方修正前は雇用者数増加の3か月平均値は+15万人程度だったものが、修正後に平均で約+3.5万人になり、コロナ以降では急減しています。労働市場が明らかにトランプ関税を機に減速している風に見えます。
とはいえ過去分の修正は前述の様に大きかったのですが、まぁノーマルだよ・・・という理解がされているようにも見えます。バンス副大統領とチャベスデリマー労働長官は、弱い雇用統計の発表後も労働市場に前向きな見解を示そうとしていたからです。
バンス副大統領は、外国生まれの労働者の雇用が減少したことを示すグラフをSNS(X)に紹介。この状況は、トランプ政権の移民政策を反映している可能性があります。
一方、チャベスデリマー長官はBBG TVのインタビューでこう言っていました。インタビューアーがかなり語気を荒げていましたが、自信たっぷりでこう言い放っています。
雇用統計の過去分の下方修正は予想外だったとしつつも、『トランプ政権2期目の雇用の伸びは依然として前向きの軌道上にある認識だ』そして『下方修正については議論すべきだが、予想外ではあったが、その修正の大半62%は教育分野と季節労働に起因している』と説明し、『数字が実態に追いついていくことは時々起きる』としています。
この様に、未だ極端に米国経済が減速・悪化したというわけではないというのがコンセンサスですが、FRBの金融政策の変更タイミングが迫り、9月に利下げが再開されると市場参加者は考えたハズです。
しかし物価と雇用は、相互関税が実際に改められたもののインフレが上昇してしまうのではないかという危機感が常にあり、加えて労働市場に勢いがなくなってきたので、FRBが一気に利下げに動いてくれないのではないか・・・?インフレが高止まりした場合にはその対応が迅速で柔軟なものにはならない可能性が有るのではないか?という危機感がマーケットに有り、リスクオフが進んでしまったのかもしれません。
(もちろん、リスクオフは株価の高値警戒感などが大きかったと考えています、ネガティブな雇用統計は調整する理由・キッカケだったと考えています)
雇用統計発表直後、トランプ大統領から爆弾発言が飛び出し、市場に衝撃を与えています。
8月1日のマーケットの段階では証拠が示されているわけではないのですが、雇用統計の結果に対して「political manipulationでっちあげ!」と経済統計が政治操作されたと言い放ち大激怒、さらに労働省労働統計局のマッケンターファー氏を解任するよう指示し、更迭人事を発表しています。
トランプ大統領自ら早く利下げをしろ!とFRBに対して催促に動いているのです。
これはいくらなんでも・・・な事案ですが、過去分とは言え、統計数値が90%下方修正されるのはそりゃ異常と映りますが・・・
しかし、、、なぜこの様に大きく下方修正されたのでしょうか?理由は下記のとおりです。
✓ 月次の雇用者数は、統計発表元の米労働統計局(BLS)が実施する月次調査を基に算出される。調査対象は12万1000の企業と政府機関で、全非農業部門就業者の約26%を雇用している。BLSは回答を基に全体の推計値を算出する。
✓ BLSは通常、当月の雇用統計発表までに、調査対象の約60%から回答を得ている。残りの回答の多くは翌月か翌々月に受け取り、この分が定期的な修正につながっている。BLSのエコノミスト、クレア・メルソル氏によると、6月の調査の回収率は59.5%と、通常の水準だった。
✓ 政府機関と大手企業は、調査の回答に占める割合がかなり大きい。5月と6月の就業者数の修正の大部分は公立学校によるものだった。6月の公立学校の就業者数はBLSが当時想定していたよりも10万9100人少なかった。だが、他の業種から遅れて届いた回答もマイナス方向に偏っていた。
✓ メルソル氏は「通常、月次の修正では異なる業種間で数値の変動が相殺し合う。ある業種がプラスなら、別の業種がマイナスといったように」と述べた。だが「6月は、ほとんどの業種がマイナスだった」と説明した。
✓ 5月のデータについては、下方修正された6月のデータと新たな7月の推計値を組み入れ、季節調整を加えると、軟調さが5月まで遡及(そきゅう)して反映された。メルソル氏は「5月の下方修正の大部分は、季節要因の通常の再計算によるものだ」と語った。
そしてメディアでも大きく報じられていましたが、トランプ大統領の言動、景気の減速を示すシグナルに対してもリスクオフが進んだと言われています。労働統計局のトップの更迭で経済統計の信頼性、継続性が担保できないという不確実性が膨らんだ格好で株安・ドル安・金利低下が進み、原油はOPECが自主減産終了・大幅増産に踏み切るので売られましたが、金価格は上昇しています。
気になるのは「利下げタイミング」です
今回の雇用統計を機に、一気に9月の利下げ見通しが浮上してきたと言えます。
シカゴCMEのFed Watchを見ると、9月の利下げ確率は1週間前の61.9%から89.1%に上昇し、年内の利下げ回数は8月4日AM09:00の時点で一気に3回(0.25%x3回の利下げ)を見に行っています。
一方で、ウォール街の代弁者WSJ紙はもう少しマイルドな雰囲気で報じていました。
週末にpodcastを通じてWSJ紙Finance news編集担当Ms. Christina Rex氏が述べているのですが、
①9月利下げに関しては、「ネガティブ」だと評された雇用統計の結果をもってしてもthis opens the door a little bit wider for the potentially cut in Sep.とのコメントでした。上記Fed Watchほど利下げを見に行く状況ではなく、『利下げの可能性の扉が「ちょっと」開いた程度』という伝え方をしています。
これは何故なのか?彼女はこうも述べています。
②FRBはインフレの急騰を恐れている、利下げした後に物価が上昇したらどうなるのか?
幸い、9月FOMCまでまだあとひと月半ある、雇用統計を1回確認できるし、2回CPIを通過してから9月FOMCを迎える。つまり、まだ時間的な猶予が有るので見極めることができると言う事です(7月FOMCのFRBのスタンスと同じです)。
FRBは状況次第で9月FOMC会合まで日にちが有るので緊急利下げという選択肢を取ってくるのだろうか?と考えていましたが、やはり8月末のジャクソンホール経済会議で地均しを行ってから9月に利下げを行うようですね。でも彼女は最後にこう保険をかけてきました『who knows!』と。
「そんなの誰にも分からないわよ!」と。
ともかく、先週末のWSJには未だ緊急利下げを求めるような報道は無く、9月に利下げ幅を拡大させて0.5%利下げを行う可能性には触れていません(Fed Watchでも9月0.5%利下げの可能性は0%です)。
奇妙なことに?タイミングよく?2025年8月のジャクソンホール経済会議シンポジウムのお題が出ています。奇しくも今年のお題は・・・転換期の労働市場です。タイミングが良すぎます。
This year’s theme is “Labor Markets in Transition: Demographics, Productivity, and Macroeconomic Policy."
このジャクソンホールの伏線があり、雇用統計下振れ、FRBクグラー理事の辞任、米BLSのトップの解任騒動など連鎖的にネガティブな報道が相次ぎ、不確実性が高まり市場か反応しています。
ここまで、トランプ関税の進展で不透明感と言う霧が晴れ、4‐6月期決算は順調でAIの再評価、企業経営のコンフィデンスが戻って設備投資もAI中心に加速・増加し、株高、ドル高、金利も落ち着き、リスクオンの環境がしばらく続いていました。
ここで若干調整してから再びトレンドが維持できるのか?ですが、個人的には、今回の調整はスピード調整だと思っています。
物価・インフレのデータ確認次第で、「9月利下げ」の道筋が正当化されるようなことになればマーケット直ぐに落ち着くと考えています。
2024年8月の急落に重ねて・・・
8/1に開示された経済統計、トランプ大統領の発言はサプライズでしたが、昨年8月のマーケットと重ねる事が出来そうです。昨年8月の急落の要因は景気後退懸念で、急落直前のS&P500株価指数の高値(7/165,669.67)から8/5安値(5,119.26)まで約10%株価は調整しました。
しかし4年半ぶりの利下げが視界に入ったことで景気のソフトランディングが意識され、株価は急速に値を戻し、8/30には安値から10%上昇した5,648.40で引けています。
現在、米国経済は減速しつつあるものの、ハードランディングを回避してソフトランディングで落ち着くと見られています。理由は二つあり、①2025年9月に利下げが確実視され始めてきたことに加え、FACTSET社の4-6月期決算集計では、②上場企業の業況は4-6月期決算を見る限り好調に推移しているのです。
FACTSETは8/1段階でS&P500を構成する企業の約66%が4-6月期決算を公表し、うち79%が事前予想を上回る増収を開示、また82%の企業群が事前予想を上回るEPSを開示したとアナウンスしています。また、このタイミングで増益を開示した企業の割合は過去5年・10年平均を上回るペースだと報告しています。
これら企業業績が相場の支えになり、例年通り、8月末に開催されるジャクソンホール経済会議で金融政策変更の地ならし(利下げの地ならし)が行われ、9月を迎えることでマーケットは徐々に落ち着きを取り戻すと見ています。

大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。