秋の利下げ観測、ジャクソンホール会議とハト化する「金融当局」
SF連銀デイリー総裁のお告げ、米企業は「アイルトン・セナ」?
2025年8月20日
マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。2週間ぶりのコラムです。
今週は現地時間21日から23日まで米国ワイオミング州のリゾート地ジャクソンホールで開催される経済シンポジウムが注目イベントになります。
今年のテーマは「労働市場の変遷:人口動態、生産性、マクロ経済政策(※)」で、注目点は、冒頭のFRBパウエル議長の講演になります。
- “Labor Markets in Transition: Demographics, Productivity, and Macroeconomic Policy."
市場参加者は9月16-17日に開催されるFOMC(金融政策発表は日本時間9月18日未明)に於いてFRBが利下げを行うと考えていますので、『利下げに向けた距離感の変化』を測る中間報告になると見られ、重要視されるイベントになっています。
なぜ重要なのでしょうか?2つの絶妙なポイントが有るのです。
①開催時期が絶妙だから:シンポジウムが行われるタイミングは絶妙で、9月FOMCに向けてFRBが「地ならし」をジャクソンホール会議で行うだろう・・・と考える市場参加者が多いのです。事実、過去の金融政策の転換点では、ジャクソンホール会議でのFRB議長からのアナウンス→FOMCでの金融政策変更が1セットになっています。
②今回のテーマが絶妙だから:今年のテーマは「労働市場の変遷」です。
シンポジウムの詳細なスケジュール等は未だ開示されていませんが、テーマとして並べて書かれているのは「人口動態、生産性、マクロ経済政策」であり、先日発表になった雇用統計で労働市場が減速している可能性を投資家が見始めているので、非常にタイムリーです。
株高の真っ只中ですが、
「いざ、ジャクソンホールへ!」・・・という前のめりの状況ではない
FRBに『変化』が迫っている状況を好感して株価は高値圏で推移していますが、依然としてパウエル議長は慎重な姿勢を変えていません。
FRBは物価が安定しているのでトランプ政権から大幅利下げを要求されているのですが、先週末に発表になった経済統計PPI(生産者物価指数)は事前予想を大きく裏切るような数字が出ています。
関税リスクが現れた!ようやくインフレが来た!的な感じで2022年以来となる前月比で見た物価上昇率が記録されたため、大幅利下げムードが一旦膠着していると感じます。
PPIの結果は、金融政策は「様子見」と言う姿勢を貫いたFRB・FOMCの判断が正しいという事を裏付ける結果になっています。ウォール街には、依然、トランプ関税の影響がこれから出てくる→インフレ問題が残っているので「本当なら年末まで利下げをすべきではない」という意見もあるくらいです。
また15日発表の小売売上高は市場予測並みの数値が出ています。しかし、関税インフレを警戒したり、可処分所得の伸びが鈍化している世帯は生活必需品の購入にシフト、自由裁量的な商品の購入から手を引いているのではないか?ということで消費の勢いが止まりつつあるのではないか・・・という懸念が生じることになりました。つまり、インフレ懸念が有る、景気・消費が減速する可能性も有るという具合です。
本当に関税インフレが始まるのでしょうか。実は・・・そうではないようです。
8/13付けでWSJ紙がサンフランシスコ連銀デイリー総裁のコメントを掲載していますが、ヒントが有ります。
『企業が関税リスクを意識しながらもコスト上昇分をサプライチェーン全体の中でコスト分散させることによって何とかしてしまい、価格転嫁されない可能性が高い』
・・・このデイリー総裁の意見の様に、物価は関税問題があっても上昇しない可能性が有ります。
(今週コラムはPPI、デイリー総裁コメントをこの後でもう少し細かく見て行こうと思います)
これらを踏まえると、現状、アメリカ経済はリセッションではないけれど、
● スローグロースを示すようなエコノミックデータが出ている・出てくる、
● 特に低所得者の困窮はノイズになりそうであり(消費・景気の足を引っ張る)、
● 関税の不確実性が依然残っている
→個人の消費支出の状況と企業の設備投資を見極めるべきというのが「まともな意見な」のでしょう。次回FOMCまで1か月ありますから、未だドラマは有りそうです。
複雑なのは、FRB理事の辞任→結果、ハト化する金融当局へ
加えて、実は単に経済データを見ていれば良いというわけではないのです。
物価と雇用データだけでは十分でなかったかのように、現職のFRB理事の突然の辞任が、金融政策の見通しをさらに複雑にさせています。
8月1日、FRBクーグラー理事は思いがけず、2026年初めの任期満了よりも4ヶ月早く辞任しました。FRB理事は大統領によって任命されることから、ホワイトハウスは、2026年5月に任期満了となるパウエルFRB議長の後任候補の人選を行いつつ、FRB理事の空席を埋める作業を同時に行うという異例の事態となりました。
トランプ大統領により、現経済諮問委員会委員長のスティーブン・ミラン氏が、クーグラー氏の残り4カ月の任期においてFRB理事を務めることとされましたが、就任は上院の承認を待って行われることとなります。一方、トランプ大統領によって選ばれ、利下げを公に主張しているクリス・ウォラーFRB理事が、次期FRB議長候補の最有力候補として浮上しつつあるとの見方が強まっています。
この2つの動きは、いずれも金融政策に重大な影響を及ぼす可能性があります。
まずミラン氏のFRB理事就任について、9月のFOMC会合までに上院の承認が得られれば、今年残り3回全て、そして2026年1月の政策決定会合に参加することになります(たとえ理事としての任期が一時的なものであれ)。次にパウエル氏が慣例通り、任期満了の5月にFRB議長を退任した場合、ウォラー氏のような現職のFRB理事を後任のFRB議長に任命すると、ホワイトハウスが埋めるべきFRB理事の空席がさらに1つ増えることとなります。
つまり来年までの間にトランプ政権は、後任のFRB議長及びFRB理事2名を指名する可能性があるのです。
新しい理事が金融政策を直接指示するわけではありません。しかし、低金利嗜好を前面に出す可能性が有り、結果的に今後のFOMCは「ハト派」的な姿勢が鮮明になるかもしれません。
8/14発表米PPIは物価上昇、サンフランシスコ連銀デイリー総裁が解説
米企業は天才ドライバーアイルトン・セナの再来なのか!
8/14に発表になった物価統計:生産者物価指数・PPI(7月)は事前予想を大きく裏切る物価上昇が示され、市場参加者は慌てました。
「企業の関税コスト転嫁を示唆」「ようやくインフレが来た」と受け止められた経済統計だったのです。
翌朝、東京市場の取引開始前の時間帯では、報道CNBCは、“Wholesale prices biggest surge in 3 years!”とか“Surge at Fastest monthly rate since 2022!”と伝えています。メディアも企業間取引で物価上昇が示されたことで、大幅利下げの可能性が後退したと伝えています。マーケットも金利上昇、ドル高で反応していました。
PPI総合指数の事前予想は前月比+0.2%だったのですが、+0.9%に跳ね上がりました。そもそもPPIは、原材料や製品を対象として生産段階での財・サービスの価格変動を測定しています。必ずしもそうとは限らないのですが、一般的に、企業が仕入れる原材料の価格変動が、最終的に消費者が支払う価格に反映されることが多いため、PPIは消費者物価指数(CPI)の先行指標として注目されています。
つまり今後、企業は仕入れコストが上昇する中で、マージンの確保が出来るのか、それとも最終製品の価格を上げて(価格転嫁を行う)いかざるを得ないのかがポイントです。企業はこれまで通りにサプライチェーンの中で負担を案分しながらなぁなぁな感じの中で利益率を維持するのか、それとも値上げに動くのか・・・。
いずれにせよ、今後、卸売業者や小売業者、再販業者がどれだけ仕入れ価格上昇を吸収していくのか分かりませんが、今回のPPIは、FRB・FOMCが貫いた「様子見」姿勢判断が正しいという事を裏付けるものでもありました。
足元の物価上昇懸念・労働市場の変調に関して、金融当局のご意見番である(・・・と少なくとも僕は思っている)サンフランシスコ連銀デイリー総裁コメントをWSJ紙が掲載しているのでご紹介します。
来月の大幅利下げは適切ではない:Exclusive: Fed’s Daly Says Jumbo Rate Cut Next Month Doesn’t Seem Warrantedと題し、0.5%利下げを求めるトランプ政権・ベッセント財務長官に向かって反論しているような記事です。
デイリー総裁は9月利下げを支持したものの、「再調整が必要」recalibrationと言う言葉で説明しています。つまり、大幅な調整0.5%の利下げは不要で、0.25%利下げという意見を抱いているようなものの言い方をしています。緊急利下げの必要性はないとのこと。
そして8/1の雇用統計の変化に関しては、労働市場を「堅調」と表現することを止め、現在の労働市場は悪くはないが、変化の方向、その軟化を無視することはできないと述べています。
“We can't simply ignore that it is softening.”
しかし、労働市場がさらに軟化することがあれば、1回のFOMC会合で0.5%の大幅利下げではなくて、今年残り3回のFOMC会合全てで0.25%の利下げx3回の利下げが適切になる可能性があるとも述べています。
物価に関しても デイリー総裁は非常に示唆に富む回答をしています。
She said businesses have found ways to absorb tariff costs rather than passing them to consumers.
She likened the process to a very small leak in a pipe where costs get spread across supply chains, as opposed to a bursting pipe that causes a flood.
つまり、企業は関税コストを消費者に転化させるのではなく、吸収する方法を見つけてきたから物価が未だ上がっていない。サプライチェーン全体でコストを負担し合っているとのこと。
パイプの小さな水漏れを例えに出していますが、パイプが破裂して洪水を引き起こすのではなく、サプライチェーン全体にコスト分散されて小さな水漏れが発生している・・・と例えて説明しています。
PPIが上昇しても企業間のサプライチェーンの中で何とかしてしまう・・・ここに米企業の強さを感じています。4-6月決算期は絶好調、7-9月期、10-12月期も増収増益が期待できるほど業況は良く、アクセル全開で活動している米企業は多いです。
物価などのビジネスコストが上昇するなかで企業は“自助努力”を怠らず、ブレーキをガンっと踏み、リストラも行っており、良い時こそ自助努力・リストラでマージンを確保しながら株主に迷惑が掛からないようにしていく・・・。凄いと思いませんか?
アクセル・ブレーキを踏みっぱなしでドライブ(企業経営)ができるのはアイルトン・セナと米国企業しかあり得ない、アリエールと考えています。

大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。