奥歯にモノが挟まったFRBパウエル議長
良くも悪くも、これがトランプ相場なのか…消費者も企業も自助努力

2025年8月27日

マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。
先週は4-6月期決算発表の最終盤で、ウォルマート、ホーム・デポ、ターゲットなどの小売企業の決算発表が有り、週末のジャクソンホール会議ではFRBパウエル議長の講演が行われています。
今週はエヌビディア<NVDA>の決算発表(日本時間28日早朝)が予定され、次週は9/5雇用統計が開示されます。投資家の関心が非常に高いイベントが相次ぐので、投資家が様子見姿勢を貫き、エアポケットに入ってしまうのではないか?相場が調整するのではないか?と懸念していたのですが、メディアも伝えている通り、ジャクソンホール会議でのFRBパウエル議長の講演が懸念をかき消してしまいました。

投資家の関心を集めたパウエル議長の講演を、Reutersはこの様なヘッドラインで報じています:
Stocks rally, yields dip as Powell opens door to September rate cut.
『9月の利下げ(9月FOMCでの利下げ)に道筋をつけ、株価は上昇し、金利は低下した』
また、米放送局のCBCはこの様に報じています:
U.S. stocks jump as Fed chair Jerome Powell opens door to interest rate cut.
Powell didn't commit to timing in speech, even as Trump angrily calls for lower rates.
『パウエル議長が利下げを示唆して株価は上昇。トランプ大統領が利下げを求めて激怒りだが、パウエル議長は利下げのタイミングを明言せず』

パウエル議長の講演は市場が望んでいた、すなわちFRBが金利を引き下げる可能性のあるシグナルをマーケットに与えましたが、それ以上の情報は殆ど提供されていません。
その代わりと言っては何ですが…、今年のジャクソンホール会議のテーマでもある労働市場に関する懸念が噴出しています。
パウエル議長が奥歯にモノが挟まったような 絶妙な表現で懸念を言い表していまして、『労働市場の「奇妙な均衡」』という表現が非常に印象的です。
状況次第でマーケットが崩れていく可能性も有ったかもしれないのですが、マーケットは利下げに向けた良いサインが出たと捉えています。「…だからこそ利下げをするのだろう?」という事です。
Barron’s誌が上手に表現していまして…:
良くも悪くも これがトランプ相場なのだよ!という具合にThis Really is Donald Trump’s Stock Marketと報じています。

パウエル議長が指摘した労働市場の悪化と利下げの可能性

先ずパウエル議長は講演の大部分を、関税影響で生じる物価上昇のリスクをoffset相殺する労働市場の減速に費やしていて、FRBが直面するジレンマ(?)を「物価上昇リスク・労働市場の減速リスク」を片方は上向き片方は下向きに傾いているという「困難な状況(challenging situation)」として描きました。
労働者の供給と需要の双方の著しい減速から生じる、奇妙な均衡の部分です:
Overall, while the labor market appears to be in balance, it is a curious kind of balance that results from a marked slowing in both the supply of and demand for workers. This unusual situation suggests that downside risks to employment are rising. And if those risks materialize, they can do so quickly in the form of sharply higher layoffs and rising unemployment.
と表現しています。

参考: Monetary Policy and the Fed’s Framework Review

この奇妙な均衡の背景は、トランプ政権の厳格な移民政策で労働供給の減速があったこと、そして求人率や賃金の伸びといった労働統計の主要経済指標が軟化していることを指摘しています。さらに、最近のデータで非農業部門雇用者数が大幅に下方修正されたことも述べています。
『--- an outcome we want to avoid.』と表現し、我々が最も避けたいこととして、認識の緊急性を高めているようにも見えます。個人的には、ジャクソンホールの基調講演のキーポイントの様な気がしました。
「均衡」は強さの均衡ではなく、需要と供給が共に弱いと言う事で、「急激な解雇と失業率の上昇」という形で急速に景気が崩壊しかねない状態です。
労働市場の鈍化を説明した後でインフレ物価上昇にも触れ、関税問題の不確実性の長期化リスク、リスクプロセスが長期化する可能性を警戒しています。

そしてこのように金融政策の変更の可能性を述べたことで市場が“歓喜”したのです。
政策が引き締め領域にある中で、基本シナリオと変化するリスクバランスは、我々の政策スタンスの調整を正当化する可能性がある(with policy in restrictive territory, the baseline outlook and the shifting balance of risks may warrant adjusting our policy stance)というものでした。
9月の利下げの可能性を示唆した・利下げの扉を開けた…という明確なシグナルが発せられたとして、市場参加者が予想以上にハト派的であったと考えたのだろうと思います。
マーケットは小躍りしています。

ウォルマートは警告したが、良くも悪くもトランプ相場・・・
企業も消費者も自助努力

結局、トランプ関税と通商貿易を巡る不透明感は晴れたり曇ったりです。
その中で消費者の購買行動は変化し、企業の関税対応、そしてサプライチェーンの強化などがあり、景気・消費環境はしぶとく推移できるのかもしれません。それは企業のみならず、消費者も自助努力を行っている事ですが、これが「トランプ相場なのだ」と言う事かもしれません。

先週、ウォルマートが第2四半期決算を開示しています。インフレと景気減速の可能性のデータが示されているにもかかわらず、同社の顧客、消費者が持ちこたえていることを示すシグナル…今年の売上・利益見通しを上方修正しています。

ウォルマートはEvery Day Low Price 毎日低価格戦略を掲げ、サプライチェーンを変革させ、オペレーションに手を入れ(自動化など)、Eコマースにも注力し、2025年以降もシェア拡大を続けていくべきだと考えています。最も競争力のある価格を提供するための規模とサプライヤーネットワークを有し、広告事業など高マージンの事業も抱えています。
同社は関税コストという困難をうまく乗り切っていますが、CEOダグ・マクミロン氏は在庫の補充のため新商品の入荷(輸入)に伴って、ウォルマートの関税コストが毎週増加し、第3四半期も第4四半期も傾向が続くと予想しています。価格上昇が最も激しい非必需品カテゴリーでは、顧客の所得階層で言えば中間層と低所得者層が買い手控えを起こしているそうです。

「ロールバック」と呼ばれる一時的な価格引き下げを四半期の間に7,400件実施し、前四半期比で約2,000件増加させ、食品部門のロールバックは第2四半期に前年同期比30%増加しました。 これは本当に凄いことで、誰にもまねができない賢明な戦略です。ターゲット<TGT>など競合企業が苦戦する中、ウォルマートは消費者がさらに価格に敏感になる中で、市場シェアを拡大する一生に一度の機会を捉えています。

価値の重要性を強調するように、オフプライス小売大手のTJX<TJX>は先週、通期利益見通しを引き上げました。人気ブランドの低価格商品を扱うTJXは、店舗が売れ残りの商品を処分するため、例えばグッチや他の高級ブランドの高級商品の品揃えを拡大するなどの戦略を講じています。

消費者はディスカウントチェーンからだけを購入しているわけではありませんが、どこで買い物をするにしても、価格にはシビアで、値引きを求めています。7月はアマゾンのプライムデーを筆頭に、バック・トゥ・スクール用品や生活必需品を購入する消費者が増加しました。ホームデポ<HD>の第2四半期決算は、住宅改善分野の成長回復を示しましたが、支出は照明や庭用品などの小規模な購入に支えられ、大規模な高額プロジェクトは経済不安から先送りされています。

今週は消費者のインフレ対策銘柄の筆頭、“トレードダウン効果”ダラージェネラル<DG>が決算を発表する予定です。企業のマネジメントから消費環境を伺う機会も有り、企業と消費者の自助努力を知る事になるのではないかと考えています。

大山季之

大山 季之(おおやま のりゆき)

松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説

<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。

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