債券市場には見えているAIリスク・・・?
2025年10月1日
マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。
主要株価3指数を眺めていると、揃って月曜に史上最高値を更新したものの、週間ベースではNYダウはマイナス0.1%、S&P500マイナス0.3%、NASDAQマイナス0.7%でありました。
特段、注目材料がない中で発表された景気指標は上振れが目立ったものの、CME GroupによるFed Watchでは、次回10月FOMCの利下げ織り込みは9/29時点で89.3%、年内2回の利下げが最大勢力となっている状況に変わりは有りません。
先週は、23日にFRBパウエル議⾧が講演を行っています。利下げに関する目新しい発言がなかったのですが、株式市場について『株価はかなり高く評価されている』と発言しています。
パウエル議長は、労働市場のスローダウンと経済見通しの悪化、そして物価の高騰を指摘し、この組み合わせが「金融当局の政策立案者を厳しい立場に追い込んでいる」と述べたのです。
また、市場について尋ねられると、FRBは金融情勢全体を注視している、株価は上昇しているようだ・・・と述べつつ、「例えば、多くの指標から見て、株価はかなり高く評価されている」しかし、「金融安定リスクが高まっている時期ではない」とも付け加えました。
この講演を機に、市場参加者が「利食い」に動いたのでしょうか、市場が若干反応したように感じています。
パウエル議長は前回のFOMCでは、最近の経済データを取り上げ、経済成長が鈍化&失業率は依然として低いものの、わずかに上昇していると述べています。
確かに住宅関連データは引き続き低調で、個人消費も減速しています。その一方でインフレ率は依然としてFRBの目標である2%を上回っています。この状況は「軽度のスタグフレーション」です。
経済が不安定&物価が高止まりという状況です。
あくまでも「軽めの」スタグフレーションなので株価は上昇し、リスクを無視しているようにも見えます。
FOMCの記者会見の中でもパウエル議長は、連邦政策の転換により経済に構造的な変化が生じ、今後の展開を予測することが困難になっていると述べています。「これらの政策はまだ始まったばかりで、その長期的な影響が明らかになるにはしばらく時間がかかるだろう」と警告しています。パウエル議長はこの利下げを積極的な金融緩和の始まりと解釈すべきではないことを明らかにしていますが、「これは一種のリスク管理のための利下げと考えることができる」と述べています。つまり、今後はひときわ慎重にデータを見るでしょうし、データに依存するハズですので、(株式市場が高値圏であると言う事が殆どの理由ですが)ほんの小さなデータの動きに株式市場が過敏に反応する状況になるかもしれません。
債券市場が見ているAIバブルとは?
引き続き、オープンAIからの巨大な契約を勝ち取ったオラクル、そして22日のエヌビディアがオープンAIへ最大1,000億ドル出資、2社間で意向表明(LOI : Letter of Intent覚書みたいなもの)を交わし、今後、数週間で提携の詳細を詰めるというAI関連設備投資・需要動向が相場の軸になると考えています。
先週はAIに賭けるオラクルがデッドファイナンスを活用して大型投資を行う事が話題になりました。
リスクマネーを株ではなく債券発行で調達しようとした点、同時に、債券投資家がAIの熱狂に加わったことでバランスシートリスクが改めて着目されています。
足元は、AIへの熱狂がバブルへと変貌し、1990年代後半のインターネットのインフラ設備構築の狂乱の様にバブルが破裂するのではないかと懸念し始めています。ITバブルの崩壊のタイミングで、大手通信会社はインターネットの爆発的な成長投資を正当化していましたが、結果的に大規模な過剰投資が生まれ、不良債権化。通信業界はドットコムバブルの崩壊で最も深刻なダメージを負い、テック業界の巨人たちがバタバタと倒れていきました。
今回、エヌビディア➤オープンAI➤オラクル➤エヌビディア・・人モノ金の流れは架空ではなく、実需に基づいたものであります。循環取引ではありません。実需が伴っているからこそ設備投資を行い、(オープンAIは)注文を出し、(エヌビディアはオープンAIに対して)キャピタル支援を行うわけです。
つまり信用補完・信用創造を行っていると言えます。なぜなら、オープンAIのサム・アルトマンCEOはオラクルに対して年間平均約600億ドルの支払いに相当するオーダーを出していますが、WSJ紙によれば、オープンAI社の今年の総収入は僅か130億ドルでありました。全然足りません。
大手VC(ベンチャーキャピタル)セコイアのマネジメントは、WSJ紙の記事の中で、2023-2024年にAIインフラに投資された資金が十分な投資収益を得るためには、半導体とデータセンターの“寿命(耐用年数)”期間内に消費者と企業が約8,000億ドル相当のAI製品を購入する必要があると試算しています。大手コンサルティングファームのベインは、AIインフラ支出の波が2030年までに年間2兆ドルのAI収益を必要とすると推計しました。これは比較すると、アマゾン、アップル、メタ、アルファベット、マイクロソフト、エヌビディア6社の2024年収益合計を上回り、世界のソフトウエアサブスク市場全体の5倍の規模であると述べています。
さらにモルガンスタンレーは、昨年のAI収益をたった450億ドルと試算し、これを受けてウォール街では、テクノロジー業界が今後どのようにギャップを埋めるのか『これは1兆ドルの壁』だと評しています。
投資回収が行われていない中で、これだけの設備投資を前倒しで行うことは非常に恐ろしく、こうなったら進軍するのみ、ご意見無用の「爆走一番星」(表現が少し古いですが、菅原文太さんのトラック野郎一番星2作目です)みたいなものと言われたらむべなるかなと納得してしまいそうですが、、、、オープンAIによれば、Chat GPTの週間ユーザー数は約7億人、全世界の人口の9%に達し、3月の5億人から増加、2024年には収益が3倍に拡大すると言います。ユーザー拡大で、ビジネスコストの低下・コストカットの効果で世界のGDPを10%押し上げるのではないかと予測、オラクルのエリソン会長(御年81歳)は投資家に「AIモデルのトレーニングは数兆ドル規模の市場、更に巨大になる」と述べています。今後は各企業の毎四半期毎に開示される決算発表で答え合わせを行うことになりますが、
ワタシは、結局、AI関連の主要企業が、スタートアップ企業に対してビジネスコストを下げてあげる仕組みを提供しているという事で納得しようと思っています。
9/22のWSJ紙の記事 “How Nvidia Is Backstopping America’s AI Boom” の中にも書いてありますが、大手ハイテク企業は、サプライチェーンパートナー企業に対して、エヌビディアは自身のバランスシートを提供しているのです。
●The deals highlight an issue that some investors are calling “circularity” in Nvidia’s prospects, whereby the company takes steps to boost or shore up demand for its AI chips by supporting startups and other companies. Those companies can then use those funds or new liquidity to buy Nvidia chips.
●Expect Nvidia to offer similar deals to xAI and other “cash-constrained” players.
●The debt used to underwrite deals for data centers often depends in part on the perceived creditworthiness of money-losing AI companies such as OpenAI. Interest rates on data centers closely linked to such startups have come in as high as 15%, a proxy in the debt market for the risk investors see in AI business models, according to people familiar with the financing of such deals.
Interest rates for projects backed by the likes of Microsoft, for example, can range from 6% to 9%, the people said.
ここには具体例として、データセンター建設コストを銀行から借りてくるときのコストとして15%の金利を挙げています。このビジネスコストをどこまで下げることが出来るのか?が課題なのです。
大手ハイテク企業の実例(支援例)として、マイクロソフトが新興企業を支援した場合、金利が6-9%程度のレンジに収まるとのことです。このように、信用創造の手助けをするというのは名目上アリだと感じています。
唯一、ワタシが気にしてもいいのかなと思う点は、AI拡大の潜在的な制約要因として、電力需要の急増が有ることです。これは既に、特定市場で消費者の電気料金上昇を招いています。
電力制約によってデータセンター建設継続が困難になった時、または不可能になったらどうなるのだろうか?AIモデルの改良が止まったり、新たに発見された効率性によってデータセンターの余剰容量が発生したりしたらどうなるのか?これは、1月のDeep Seekショックで大きな懸念事項になり、今日でも依然として投資最前線で注目されている問題です。
冒頭に触れましたが、オラクルがオープンAIとの取引のために資金調達を行う際に債券市場にアクセスしたことで、株式市場のみならずクレジット市場でもAI市場に関するリスクが共有され、P/L(損益計算書)のみならずバランスシートリスクを投資家が見始めました。債券市場には見える、私たちには見えない壁が有るような・・・そんな風に(少し)考えています。

大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。