7-9月期決算発表シーズン開幕
2025年10月15日
7-9月期決算は銀行から:
アニマルスピリッツに注目
マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。
先週末10月10日の米国株式市場は(NY現地時刻)取引開始から1時間が経過するところまでは堅調に推移していましたが、中国政府のレアアース輸出規制を受け、これに対応したトランプ政権の中国製品に対する関税の大幅な引き上げの報道を受けて「米中間貿易交渉を巡る警戒」から急落。しかし週明けにトランプ大統領がSNSに「中国については心配いらない、すべてうまくいく」と投稿し、防衛摩擦に対する懸念が一服して反発しています。
「トランプが貿易摩擦の懸念から再びTACO(※)ったのか?」と感じてしまいました。
※TACO:Trump Always Chickens Out(トランプ米大統領はいつもビビッて退く)の略語。
さて、今週から米企業の7-9月期決算発表が本格化します。
政府閉鎖の影響で重要経済データの開示が滞り、当初は15日に発表予定であった消費者物価指数(CPI)が焦点となるはずでしたが、労働統計局がこの重要データ収集のために一時帰休していた政府職員の一部を職場復帰させ、統計の発表が10月24日に延期されています。
ゆえに、企業決算が投資家に材料を提供することになると考えています。決算はいつもの様に金融機関大手、そして蘭ASML社、台湾TSMCらの発表からスタートしますが、先ずは金融セクターが市場の注目となりそうです。
S&P500構成企業のうち、今週決算発表予定の65%が金融セクターに属しています。アメリカン・エキスプレス、バンク・オブ・アメリカ、シティグループ、ゴールドマン・サックス、JPモルガン・チェース、モルガン・スタンレー、トラベラーズ・カンパニーズ、ウェルズ・ファーゴなどですが、金融セクターは、第3四半期の利益成長率がS&P500業種別全11セクターの中で4番目に高い前年同期比13.2%になると予想されています(FACTSET10月13日時点)。
大手銀行は平均9%の利益成長が見込まれていますが、注目は「アニマルスピリット」の回復です。
先月末に開示された米投資銀行のジェフリーズの第3四半期決算は、過去に開示された同行の第3四半期決算の中でも過去最高という状況で、前年比+22%収益が伸びていました。顧客活動が活発化、取引好調、投資銀行部門のアドバイザリー収益が過去最高を記録、マーケットのボラティリティが上昇し、市場部門も好調。CEOは目下の状況を「一時的ではなく、トレンドは9-11月期も続き、以降も続きそうだ」と非常に強気です。
ここまで書けば、もう聡明な皆様は良くお分かりだと思うのですが、米系大手投資銀行、金融機関も状況は同じ。ものすごく唸るような決算が出てくるものと予想しています。
銀行決算のポイントは
銀行の決算ポイントは、投資銀行収益の状況報告です。各行のパイプライン案件(商談が受注に至るまでの過程にある案件)がどの様に推移しているのかという部分です。
Bloombergは、7-9月期の世界のM&A取引額は史上2回目となる1兆ドル突破と報じ、ここ3年余りで最も多くの稼ぎがあったと見られています。
集計データによると、新規株式公開(IPO)が2021年以来最も活発だったことから、株式引き受けがけん引したとみられ、ウォール街は「投資銀行業務の手数料収入はかなり力強い伸びになったと予想している」と考えています。また、「M&A(企業の合併・買収)に乗数効果があることは確かで、活発なM&Aは株式や債券による資金調達、ヘッジ、事業売却などにも効果を及ぼす」としています。
金融機関各行もこうした見方を裏付けるシグナルを発し、バンク・オブ・アメリカとシティグループ、JPモルガン・チェースは9月、投資銀行業務の手数料収入が増加していると明らかにしています。JPモルガンのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)は先週、市場には多くの「火力」があると述べました。
投資銀行部門のみならず、市場部門(株式・為替・債券市場取引部門)のボラティリティー(相場の変動)が拡大、トレーディングも活発に行われ、ウォール街のアナリスト推計では、この高いボラティリティが大手5行の7-9月期トレーディング収入を押し上げたというコメントも出ています。
Bloombergは、株式トレーディング収入ではゴールドマン・サックス・グループがトップで、モルガン・スタンレーが2位となる見込みで、債券・為替・商品ではJPモルガンが首位を保つと予想しています。
そして銀行におけるAI活用によるコスト削減効果や、(政府機関閉鎖により多くの経済指標発表が停止されているため)銀行各社のコメント・米国経済に関する見解が特に重要だと考えています。
企業トップ、ご意見番は何を語るか
マーケットは、金融機関のトップが最近のAIに関してどの様な見解を抱いているのか・・・興味深く見守っています。
たとえば、AIの収益化という観点で、先日、英HSBCは量子コンピュータを債券取引に用いた結果、顧客取引が3割増加したと発表しています。債券市場は株式市場とは違い、市場取引が主流ではなく、顧客企業(金融機関)⇔証券会社間では相対取引が主流なので、顧客に示す債券価格の提示が重要です。その顧客に提示する価格の精度が上昇し、約定率が3割も増加したことは本当に凄いことであり、先端技術がどれくらい業績にインパクトを与えているのか非常に興味深いのです。
この様に、特にAIに関しては、AI投資が成果を上げているのかどうかがポイント。収益の見通しが不透明なので、AI関連企業の上昇がバブルか否かという懸念が煽られています。先日もイングランド銀行が、特にAIに注力する企業の株価が過大評価されていることを理由に、市場が急激に調整されるリスクが高まっていると警告したばかり。AIに対する楽観論が後退した場合、株式市場は打撃を受けるだろうと付け加えています。
この見解は、国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギエヴァ専務理事もワシントンでのスピーチで同意しているようで、先月、FRBパウエル議長が「株価はかなり高く評価されている」と発言したことに続くものです。
しかし、ゴールドマンサックスは反論を展開、同行のチーフ・グローバル株式ストラテジスト、ピーター・オッペンハイマー氏は、ハイテク株の株価は、過去のバブル時と同等の水準にはまだ達していないと述べ、過度な投機ではなく、強力かつ持続的な利益成長に支えられていると付け加えています。
こうした議論が拮抗する中、JPモルガンダイモンCEOが非常に興味深い発言をしています。BBCのインタビューのなかで、深刻な株価調整について他者よりはるかに懸念していると述べたものの、AIについては悲観的ではない様子でした。
「私の見方はこうだ。AIは現実のものであり、全体として見れば報われるだろう」と彼は語った。「自動車全体が報われたように、テレビ全体が報われたように。ただし、それらに関わった大多数の人々は成功しなかった」
AIに関わる企業のほとんどが成功しないなら、それは市場にとって大きな問題となります。したがって投資家は勝ち馬を選別する必要があります。
大手コンサルのマッキンゼーはAI需要に対応するため、データセンター向けの支出は5.2兆ドルの支出が必要になると予測しています。
この数字は、アポロ宇宙計画の15倍以上、第二次大戦のマンハッタン計画の150倍以上の規模です。この巨額の投資、この支出に見合う収益を生み出せるのか?という事が重要です。
ウォール街は2024年にAI収益はたった450億ドルだったと試算し、2025年のAI収益は600億ドルと予測しています。2030年までにデータセンター支出を賄う年間2兆ドルの追加収益には年間8,000億ドルの利益が不足し、このままいけばITバブル崩壊の様に、大規模な過剰建設・過剰投資事例になることが直ぐに理解できます。
先端半導体の陳腐化の速度は速く、耐用年数は3-5年、会計上でもサーバー(データセンター)の耐用年数(償却年数)5年です。これらの数字を見て、元本回収を見据えて、企業トップが何を語るのでしょうか。
オープンAIサム・アルトマンCEOは先日I believe It’s a Bubble.と語っています。これは前後の文脈を考えると、バブルの側面もありながら巨額投資を正当化しています。企業の成長速度が速い中でコンピュータの計算能力を補うためには必要な投資だと説いています。当然、金融機関トップも気が付いているハズです。この局面で、AIブームの裏表をどのように語るのか。
引き続き、定点観測を続けたいと考えています。

大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。