トランプのタコが「害虫駆除」

2025年10月22日

マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。
先週の株式市場は一進一退を繰り返し、主要株価S&P500は1週間で+1.7%上昇・反発。主要株価3指数はいずれも1.5%超上昇していますが、大きく変動を伴うものでありました。ボラティリティ(VIX)は10/17(金)に20.78で取引を終え、4営業日連続で20を上回っています。
米中間の貿易摩擦の激化、金融機関のCockroachゴキブリ問題(後述しますが、JPモルガンダイモンCEOの発言で大きく話題になった金融機関の不良債権の増加、プライベート・クレジット市場への懸念)が株価を押し下げたタイミングもありました。しかし、大手銀行の非常に好調な決算とFRB金融当局高官らから発せられたハト派発言、そしてパウエルFRB議長が再び労働市場の下振れリスクを強調したことで、その影響は十分に相殺されたと考えています。
さらにタイトルの通り、トランプ大統領のTACOが市場参加者を大いに沸かせていました。
トランプ氏が米中間の貿易停戦を提案、今月下旬に中国の習近平国家主席と会談する意向を示したことで、プライベート・クレジットや銀行(地銀)セクターの株価下落に対する投資家の懸念が一気に和らいだのです。

さらに企業決算では、金融機関大手行は「案の定」好調であり、蘭ASML・台湾TSMCが決算発表で楽観的な見通しを示したことで、AI市場はバブルなのか?という見方が正当化されつつあって、株式市場は押し上げられています。
今週は、S&P500構成企業のうち約80社が決算を発表する予定です。先週の大半を占めた金融セクターよりもさらに多様なセクターが対象となります。
政府機関の閉鎖が長引いている点がやや気がかりで、週明けには20日目に迫りました。ほぼ全ての連邦政府発表予定の経済指標の開示が中断される中、10/24(金)にBSL労働統計局が消費者物価指数(CPI)を発表し、重要なインフレ指標が明らかになります。同日、S&Pグローバルも製造業購買担当者指数(PMI)とサービス業PMIを発表します。

先週マーケットで話題になったのは、「あの人」の「あの発言」です

JPモルガンダイモンCEOのCockroach発言

先月末にサブプライム自動車ローンのトリカラーが経営破綻しました。同社はプライベート・クレジット・ファンドではありませんが、その事業モデルは同じ発想に基づくもので、銀行から資金を借り入れ、銀行融資を受けられない借り手に貸し出す、言わば高利回りを狙うノンバンク的な貸金業を生業とする企業でありました。
投資家はプライベートエクイティファンドを経由して過去数年間で数兆ドルをプライベート・クレジット市場にリスクマネーを注入しており、結果的に、ファンドは銀行から資金調達できない中小企業に融資する状況を創り出してきました。

国際通貨基金IMFは「ノンバンク向けにどれほど貸し出しリスクが蓄積されているのかが問題だ」と指摘しています。もっと核心に迫る言い方をすれば、「経営破たんしたトリカラー社が低所得者層に融資してきたことで、借り手の経済状態が今後『苦戦』しているのか?今後苦戦するかどうか」であって、これらが米国経済の危険信号なのかどうかが問題です。
先週、企業の経営破たんに関してJPモルガンダイモンCEOが決算発表・決算説明会で問題提起をしています。プライベート・クレジットが問題化しつつある点を「一匹のゴキブリを見かけたら、おそらく他にもいるものだ」と述べたのです。

トリカラー社の破綻を機に信用創造取引が暴露され、プライベート・クレジットがいかに不透明でリスクが高いかを浮き彫りにしたと言われています。これは同社が抱える債権が公開市場で(マーケットで)取引されないので、価格は日々変動せず、公開すべき情報も少なかったと言われています。信用力の低い企業がクレジットファンドへの返済不能状態に陥れば、銀行に巨額の損失をもたらすというリスクを露呈した状況であると改めて認識した事案でありました。

とはいえ、米国銀行全体がプライベート・クレジットに過度に晒されているわけではなく、FRBが今年5月に発表した調査によれば、銀行がプライベート・クレジット・ファンドにコミットした融資額は約950億ドルであり、影響は限定的で「リミテッド」であると思います。この金額は複数の銀行に分散されているため、単独の大手銀行が大きなリスクを負っているわけではないですし、全米銀行の総資産が現在2兆ドルを超えることを考慮すれば、総額も法外なものではなく、端的に言えば、銀行にはプライベート・クレジット関連の潜在損失をカバーする十分な資本があります。ゆえに、TACOが害虫Cockroachを駆除したと言われるように、週末に株価が反発できたと思っています。
実際、時価総額約70億ドル超の地方金融機関であるザイオンズバンコープが5,000万ドルの損失を公表したからと言って、米国の金融セクターの時価総額が先週木曜日に1,000億ドルも損失する・・・これは計算が合いません。

ただし、プライベート・クレジット市場・資産が年々拡大しているのも事実です。銀行がこれらの投資ビークルに貸し出す金額も増加する見込みです。現時点で規模が極めて小さいので、仮に金融システムに問題が生じるとしても、それが直ぐにヤバい問題に発展することがないと考えられ、Barrond’s誌も「プライベート・クレジットの貸し手は米国経済や銀行システムにとってシステミックリスクとはならない」というRBCの銀行株アナリストの意見を紹介しています。
「いまは米国銀行全体として、バランスシート、不良債権費用、収益のいずれも健全」であり、プライベート・クレジットは「金融セクターに関する見解を変えるものではない」という見解が大きく崩れる可能性は現時点では低そうです。

ファクトセットは、ウォール街のアナリストが銀行ETFの今後2年間における総収益が年率9%成長すると予測していると伝えています。その要因は、貸出量増加をもたらす経済成長、企業取引の活発化、そして市場上昇を背景とした取引収益の増加です。銀行がAIを活用してビジネスチャンスを特定する動きが広がることで利益率が向上し、1株当たり利益は14%成長する可能性があり、これにより株価は上昇する可能性があるとのこと。これら銀行セクターの事業環境を踏まえ、Barrond's誌は「現在株価が反映しているリスクは近い将来に可視化されることも無く、少なくとも、金融システムが現在リスクに晒されている証拠が市場に見られないので、ここは落ちているナイフを素手で拾い上げるときかもしれない」と述べています。落ちているナイフを拾い上げていく・・・という表現は多少刺激的ですが、Barrond’sは業界全体の収益・マージン動向に連動しつつ、第3四半期の売上高・利益予想を上回ってきた大手銀行株に注目しています。

大山季之

大山 季之(おおやま のりゆき)

松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説

<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。

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