地球を支えるエヌビディア
2025年11月26日
マーケットアナリスト大山です。今週もよろしくお願いします。
先週の米国株式市場は、政府閉鎖解除のニュースが有ったものの、AI投資の過剰懸念から続落しました。19日(日本時間20日早朝)はエヌビディアの第3四半期決算が発表され、20日は一時上昇したものの、AI投資への懸念は払拭されず、また、政府機関再開で発表された9月雇用統計も結果がまちまちで、12月FOMCでの利下げを占うまでには至らず、下落して取引を終えました。
しかし週末の取引と週明け24日の取引で、米金融当局高官の発言を受けて12月利下げが再び意識され、反発してきました。米国の消費の現状を踏まえると利下げが実体経済に効きにくいという意見は根強いのですが、「利下げを促す発言」が聞こえてくると脊髄反射的に「利下げ確率が上昇」し、株価も上昇して今に至っています。
今週のコラムの要点
I. エヌビディア決算は通過したが、市場は12月FOMCを巡る利下げ確率に伴って上下した
II. 遅れた雇用統計発表を機に、利下げを促す金融当局の高官発言が市場を後押し
III. エヌビディア決算振り返り:「地球を支える」決算だったが、相場の流れを変えるのはオラクルだ!?
再び利下げを促す発言が聞こえた
1か月半にわたる米政府閉鎖を経て、ようやく9月分の雇用統計が公表されています。
10月分の一部と11月分の雇用統計が12月FOMC(日本時間12月11午前4時金融政策発表)までに公表されない中で、9月分が12月FOMCまでに確認できる最後の雇用統計になりました(次回雇用統計発表12月16日発表予定)。
9月雇用統計は非農業部門雇用者数が前月差+11.9万人(市場予想:同+5.3万人)、失業率が4.4%(市場予想:4.3%)と強弱まちまち。非農業部門雇用者数の内訳を見てみると、教育・ヘルスケア(前月差+5.9万人)と政府部門(同+2.2万人)が雇用増加をけん引する格好で、ヘッドラインの前月差+11.9万人ほど良くない実態も見えます。
失業率の上昇に関しては労働参加率の回復によるものであるものの、失業者が増加していること自体が懸念材料です。
この雇用統計を受けて、金融当局高官から「利下げを促す発言」が飛び出しています。
⇒ FRBウォラー理事(11月24日)
「次回のFOMCで利下げを推進している」
「労働市場の弱体化加速に対する追加的な保険を提供するため12月さらに0.25%の利下げを行うべき」
労働市場の軟調さとインフレ減速が利下げの根拠で「インフレは今後大きな問題にならない、減速し始めるだろう」
⇒ サンフランシスコ連銀デイリー総裁(11月24日)
雇用情勢の急激な悪化は、インフレ急上昇よりも発生角度が高く、対応も困難だとして12月FOMCで利下げを支持する意向を示す。
「労働市場に関して我々が先手を打てる確信は持てない」
「現在の労働市場はぜい弱、非線形的な変化が起こるリスクが有る」
一方、インフレ急上昇のリスクは、これまで予想されていたよりも抑制されていることを考えると「リスクは低い」
ポリティカル・アニマル(政治的な野心が有る)と化したFRBウォラー理事と違い、デイリー総裁は、今年のFOMCに於ける金融政策を決める投票権を有していないこともあり、これまでFRBパウエル議長と意見対立する立場を公に表明することをしてきませんでした。ゆえに『注目に値するのではないか?』と米バロンズ誌は述べています。
私も永続的な米国経済の上昇を考えると、利下げ先送りはビハインド・ザ・カーブ(※金融政策対応リスク=出遅れリスク)が高いと感じています。以前であれば、金融政策がインフレ率に与える影響は1年以上のタイムラグが有ります。そのため一時的な要因で利下げを続けた場合、必要性が無くなった後で効果が出てくる懸念が有り、利下げによってリスクアセットの価格が必要以上に押し上げられてしまうインフレリスクなどを考慮しないといけない・・・と考えていました。しかし、過去の様な低インフレと戦う時代ではないし、そこまで心配しなくても・・・という感じで見ています。
とはいえ、ここから市場が織り込む年内0.25%の利下げの見通しが低下しても、年明けまでに利下げが行われることがコンセンサスです。当面は26年半ばまでに2回の利下げ実施を見に行けばよいと思うので、12月に利下げが無くても株式市場が一気にグラつく可能性は高くないのではないでしょうか。
- 「ビハインド・ザ・カーブ」は、もともとは物価上昇時にあえて引締めを遅らせることを意味した言葉ですが、今では単純に「出遅れ」を示す言葉になっています。
12月FOMCにおける利下げの可能性に関しては、前回10月のFOMC後の記者会見でFRBパウエル議長が「12月の対応方針について意見が大きく分かれた」と発言しています。メディアも景気後退と言う事が無い限りは「12月利下げは一時停止」と伝えていますが、現時点でも利下げに対する見解が割れている状況が続いています。
米国では、政府閉鎖に伴い多くの公式統計の公表が遅延しています。民間が開示している経済統計は労働市場が減速する中でも米経済の底堅さを示唆する結果が相次ぎました。
アトランタ連銀が推計した最新のGDP Nowによれば、2025年7-9月期の実質GDPは前期比年率+4.2%と4-6月期に続き、高い成長率が実現することが予想されています。精緻な予測値とは言えませんが、今まで停止されていた公式統計の公表が順次再開されても、GDPNowが引き続き米経済の底堅さを示唆するものなのか注目です。
文字通り地球を支えるエヌビディア・・・でも実はオラクル次第かも?
- 生成AI作
20日早朝、市場で注目されたエヌビディア第3四半期決算が発表されています。
「エヌビディア決算でAI過剰投資不安・バブル不安を拭う事ができるのか?」という大一番でした。
結果は、市場コンセンサスを上回る第3四半期決算が開示され、見通し・ガイダンスも市場予想を上回る数字が出ています。決算発表を受けて株価は決算発表直後の時間外取引で約5%上昇していました。しかし、翌日の株式市場ではマイナス・・・。AI関連半導体株も連れて冴えない動きで、一瞬マーケットは、エヌビディア決算よりも12月FOMCを意識した・・・かもしれません。
エヌビディアの決算では、運転資金が枯渇しているのか?という問いが聞こえてきました。
決算書を見て、売掛と在庫の増加が重大な赤信号?と言う事ですが、個人的には何か構造的な進化・変化を示していると考えるべきかもしれないと感じています。
今回の決算では在庫が3割も増えていますが、
- 需要が本当は弱まっている⇒ 周辺企業を考えるとこの可能性は低そうです
- 顧客が支払い能力不足で、出荷した在庫が売掛金として積み上がっている(キャッシュ化できていない?)と言う事ですが、これも心配無用と感じます。売掛金の回収に失敗しているとか、問題になったとか、その様なネガティブな話・ニュースは一切聞こえてきません。
⇒ 何も問題が無ければ、日本の部材メーカは引き続きポジティブだと見ています。
第3四半期決算発表後、エヌビディアファンCEOは「もし私たちが悪い四半期決算を報告したら、それはAIバブルが存在する証拠になってしまう。もし私たちが素晴らしい四半期報告をしたら、私たちはAIバブルを煽っていることになる。」そして「私たちは基本的にこの惑星をまとめているのだ——そしてそれは決して嘘ではない。」と述べたようです。今回の「素晴らしい四半期決算を市場が正しく評価していない」などの発言もあったとか。エヌビディアが地球のプレッシャーから解放される日が近く来るのでしょうか。
株式市場反転のキッカケはエヌビディアではなく、オラクル<ORCL>が握っているかもしれません。
AIバブル疑惑の震源地になったオラクル<ORCL>の株価はエヌビディア決算発表後の2日間で約12%下げています。普段は債務不履行に備える必要のない投資家、つまり、債券・クレジットの投資家以外の株式投資家がオラクルのCDS(クレジットデフォルトスワップ)を活用し始めたのではないか?と言われています。
事実関係は分かりませんが、CDSに触れる必要性が無い株式の投資家が『AIトレードのヘッジ手段』としてCDSを活用しているのではないか?という見方が浮上しているのですが、このCDSの値動きがマーケット全体に影響を与えています。
オラクルの巨額のIT支出=クレジットの悪化はCircular Deals(循環取引)と表現され、嫌気され、CDS価格は直近の3倍近くへ上昇しました。プライスは118ポイント台での取引になっていますが、118ポイントは、想定元本1000万ドル毎に約11.8万ドルが必要ということです。英バークレイズ証券調べでは、オラクルのCDSの取引規模は11/14までの7週間で2億ドルから50億ドルまで膨らんでいます。まさに、大きなフライホイールはいったん動き出したら止まらないという事でしょうか。オラクルのCDSに歯止めがかからない限り、株価の浮上は望めないと揶揄されています。暫くの間、CDSマーケットに注目です。
大山 季之(おおやま のりゆき)
松井証券マーケットアナリスト
経験から得た幅広いネットワークと確かな知識で複雑な世界情勢を紐解き分かりやすく解説
<略歴>
1994年慶應義塾大学卒業後、国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)に入社。2001年ゴールドマン・サックス証券、2010年バークレイズ証券、2012年から金融コンサルを経て現職に至る。これまで、機関投資家向け株式営業を中心に、上場企業へのファイナンス提案・自社株買い・金融商品組成に関わった。
現在は前職の経験をもとに、国内外マクロ・ミクロの分析を行う。